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​Ⅳ

「奴らに見つかると大変なことになる――……」

 

 

 本当に大変なことになってしまった、とカタリーナは背筋が凍るのを感じていた。目の前に立ちはだかるのは、"先刻まで"唯一の味方だったはずの死神の姿。今やその鋭い瞳は殺意をもってカタリーナに向けられている。

 そんな死神の背後には、紅の唇でほくそ笑む漆黒の麗人、メネウスがいた。

「さぁ、死神さん。私から宝物を取り返したいのなら、その娘を殺してしまいなさい」

 まるでその言葉に操られるかのように、死神はカタリーナを睨みつけてゆらりと歩を進める。

(どうしよう、どうすればいいの――!?)

 

 事は数十分前に遡る。

 団長の罠をなんとかかいくぐったカタリーナと死神は、当初の目的である出口の鍵と死神の"大切なもの"探しのため、再び館の中を歩いていた。先刻殺されかけた恐怖もあって、一休みしたかったがそうも言っていられない。夜明けまでに帰らなければ親友を祝うどころか心配させてしまう。そう自分を奮い立たせた。

 一方死神はこの状況に違和感を覚えていた。今歩いているこの廊下。先が見えない暗闇の廊下だが、それにしたって長すぎる。カタリーナは気付いていないだろうが、館の外観からしてこんなにも長い直線の廊下の存在はありえないはずだ。

(少しぐらい休ませろっつーの……)

 おい、とカタリーナに声をかけようとした、その時だった。

 

「カタリーナ!」

 彼女の正面、廊下の暗闇の中から、彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。それは死神にとっては警鐘でしかなかったが、カタリーナにとってはとても聞き覚えのある声だった。

「あなたは……ジークフリード!?」

 短く整えられた金の髪とライトブルーの瞳。日々の農作業で鍛え上げられた逞しい肉体。それは明日結婚式を挙げるはずの新郎であり、親友のひとり、ジークフリードだった。息を切らし、こちらへ駆け寄ってくる。カタリーナの前で立ち止まると、安堵の表情を見せた。

「どうして貴方がこんなところに!?」

「決まってるだろ、君を探しに来たんだ」

 そう言うなり、ああよかった。とジークフリードはカタリーナを突然抱きしめた。思わずひえっと情けない声をあげてしまった。冷えた身体にジークフリードの熱が伝わってきて、思わず心臓がどきりと跳ねた。

「だめよ!ジークフリード!アナタは明日結婚する身なんだから、そう易々と他の女の人を抱きしめるものじゃないわ」

「すまない。だけどジゼルと同じくらい君のことも大切に思っているということは、幼馴染の君ならわかってくれるはずだろ?」

 にこりと自分に向かってはにかむ姿は、昔から知っている幼馴染と変わらないそのままの姿で。また不意に心臓がどくんと脈打った。こんな状況だからか、普段何気なく接しているはずなのに、普段以上に強く逞しく、頼れる存在に見える――意識してしまう。

「どうした?顔が赤いぞ?風邪でもひいたのか?」

 ジークフリートがカタリーナの額にぐい、と自分の額を近づける。再び「ひゃあ」と情けない声をあげて仰け反った。

「どうした、さっきから様子がおかしいぞ?」

 ジークフリートが不思議そうに首を傾げる。

「ご、ごめんなさい。ほ、本当に風邪ひいちゃったのかも、あはは」

「それはなおさら大変じゃないか!早く鍵を見つけてここから逃げよう!」

 カタリーナの様子に何の疑いも持たない彼は、いとも簡単に彼女の身体を持ち上げた。

「きゃっ!?大丈夫よ、自分で歩けるわ!」

「いいや、君はもう十分頑張ったよ。ここからは僕が頑張るから、大人しく任せて」

 見上げればにこりと笑うスカイブルーの瞳。――これだ、カタリーナは昔からこの笑顔に弱かった。彼に優しく微笑まれると、もう何も言えなくなる。素直に身を預けてしまおうか……とそう思ったその時だ。

(おい、お楽しみ中のところ悪いけどよ、どこに連れていかれるつもりだ?)

 完全に忘れていた死神の苛立ちを含んだ声に、びくりと肩を震わせた。

「どうした?」

 カタリーナの怯えた表情を気遣って、ジークフリードが声をかける。咄嗟に「何でもない」とかぶりを振った。

(アンタにゃ悪いが、こいつどう考えても怪しいぜ。だから俺様のことはバラすなよ)

 でも、とカタリーナが口を開きかけるが、死神は続ける。

(だいたいなんでこいつはお前が館の鍵を探し回ってるって知ってるんだ?)

 死神の言葉にハッとして、思わずジークフリードを呼び止める。

「……ねぇジーク。貴方はどうしてこの館の鍵が隠されていることを知っているの?」

 ジークフリードは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに眉を顰めた。

「君も知っているだろ?あの忌々しい3人組に君と同じ条件を押し付けられたのさ」

――"君と同じ条件"。

「貴方は私がこの館にいることなんて、ついさっきまで知らなかったんでしょ?」

「そうさ。嵐の中偶然迷い込んだこの館で、やっと君のことを見つけたんだから」

「じゃあなぜ、あなたは私が"館の鍵を探すこと"っていう条件を課せられていることを知っているの?ここで初めて私に会ったというなら、私が今どんな状況にあるかなんてわからないはずでしょう?」

「それは……」ジークフリードは今度は明確に言い淀んだ。

「あの3人に言い聞かされたのさ。君がここにいて鍵を探しているって」

 確かにあのお喋りな3人組なら可能性はあるかもしれない――。そう思って口をつぐんだ時、ジークフリードが少し声を荒げた。

「さっきからどうしたんだよ?僕のことを疑うのか!?」

「ち、ちがうわ!」

 正直なところカタリーナはたいそう疑っていたが、あまりの気迫に反射的に否定してしまった。しかし正直に答えたところで火に油だろうと思っていたので、死神は少し安堵していた。

「こんな状況に放り出された君の不安もわかる。でも君が僕を疑うなんて。幼馴染の君に疑われることがどれだけつらいか君にわかるかい?耐えられないよ」

「ご、ごめんなさい」

 怒りと悲しみを一緒に抱え込んだ幼馴染の見たことのない表情に、またもカタリーナの心はどくんと脈打った。そしてそれに応えるかのように、ジークフリードはカタリーナの身体を逞しい腕でぎゅっと抱きしめた。これ以上ないほどに2人の身体は密着し、熱が伝わる。カタリーナの顔は真っ赤に染まった。

「ちょ、ちょっと……」

「思えば君が少しよそよそしくなったのは、ジゼルとの結婚が決まったときかな」ジークフリードはカタリーナの言葉を遮って続ける。

 ――ジゼル。カタリーナのもう1人の幼馴染で、ジークフリードと3人で仲良く過ごしてきた親友、そして彼の結婚相手だ。どんな人とも分け隔てなく接する村の人気者で、そばかすだらけの自分とは違って見目麗しい彼女は、だれよりもジークフリードにお似合いだとそう思っていたのだ。そう、自分よりも。

「カタリーナ、僕が本当は君のことを愛していると言ったらどうする?」

「えっ……」

「ジゼルとの結婚は村のみんなの願望さ。でも僕自身の望みはそうじゃない。君を愛することだ。僕は昔から、ジゼルの傍らを歩く君のことが愛しくて愛しくてたまらなかったのさ」

「嘘よ」

「嘘なものか」言葉を紡ごうとすれば、ジークフリードに遮られる。「僕がここまで1人で君を追いかけてきたのが何よりの証拠だろう?」

 心臓が脈打つのが止まらない。今まで隠すようにして閉じ込めてきた気持ちが解放されそうになる。「私も愛してる、愛してほしい――」。

 しかし"偽物"に誓う言葉ではない。カタリーナにそう決意させるには充分だった。

「いいえ、嘘だわ」

「どうしてだ?どうしてそんなことを言うんだ!」

「だってあなた、本当のジークがどれだけジゼルのことを愛しているか知らないでしょ?こんな風にきつく抱きしめたり、一生懸命働いて、町で買ってきた指輪をプレゼントしたり、寂しい時に寄り添ったり。幸せそうなジゼルの表情を見る時のジークの笑顔のとっても幸せそうなこと――。彼女の為にあることが彼の幸せなんだと、誰しもわかる。私はそんなジークの幸せを望むからこそ身を引いたのよ。だからあなたはジークじゃない。たとえ本物だったとしても、ジゼルを深く傷つけた人として、私は軽蔑するでしょうね」

 わなわなと自分を抱える腕が緩み、震えるのが分かる。

「さぁ離して!私は先を急ぐの!」

 カタリーナが目の前の逞しい胸板を押し飛ばそうとすると、身体が強烈な力で引き寄せられた。それは先刻までの優しい抱擁とは明らかに違う、まるで岩にでも挟まれているような強い力だった。

「人間ごときが調子に乗りやがって!このまま押しつぶしてやる……!」

「が……は……っ」

 聞き慣れた幼馴染の声は、聞いたことのない怪物のような濁った声に変わっていた。身動きができないまま、自分の骨のきしむ音が聞こえる。

(チッ、しゃーねぇ!)

 ずるりと影の中からロングコートを翻し、死神が姿を現す。そしてカタリーナを絞め殺そうとせん男の両肩に足をかけると、コートの中からぞろ、と引き出した大きな鎌で、男の首をかき斬った。首はぐるぐると空中を舞い、どしゃっという音を立てて床に落ちた。やがて巨大な肉体は、カタリーナを抱きしめたまま、べちゃりと音を立てて仰向けに倒れた。先程の幼馴染の姿はなく、その肉体は同じ程度の質量の生肉の塊へと変わっていた。カタリーナは悲鳴を上げて立ち上がり、自分の身体にまとわりつくそれを必死に振り払う。

「……死神さんの言う通り、やっぱり偽物だったのね」

「あぁ、この場所の感じからおかしいと思ってたんだ。まだ油断できねぇーー」

 死神の言葉を遮って、カタリーナの背後からハァ、と聞き覚えのある気だるげなため息が聞こえてきた。

「あなたは本当に面倒くさい人ですねぇ。さっさと惑わされて殺されてしまえばよかったものを」

「その声は、メネウスさん!」

 振り返ると、メネウスが忌々しげに眉を顰めて立っていた。

「さっきまでのは貴方の仕業なの!?」

「ええまぁ。貴女の記憶と、過去にこの館に迷い込んだ人間の死肉で作った魔法のゴーレムですよ。貴女を誘惑してさっさと殺してしまう予定だったのですが……。おかげで陳腐なメロドラマまで見せられて、私は今とても気分が悪いです。……でも、収穫はゼロじゃなかったようですがね」

 不気味なほど赤い唇が歪む。長い睫毛の美しい瞳は、カタリーナの背に立つ黒い男を見つめた。

「なるほど、貴方がこの娘の手助けをしていたということですか」

(しまった!)

 カタリーナは思わずくるくるとふたりの顔を交互に見た。絶対に会いたくないと言っていたのに、自分の所為で死神の存在が露見してしまった。

「……バレたら仕方ねー。まぁそういうことだ」

「見たところ私の趣味ではないですが、ただの人間ではなさそうですね?何が目的で?」

「そうさなァ。"テメェを殺すため"だとしたらどうする?」

「まぁ怖い。私貴方に恨みを買われるようなことをした記憶がありませんけれど……」

「お前に恨みはねぇけど、お前の持ってるモンに用があるんだよ」

「はて。何のことやら――」

 メネウスが言い終わらない内に、死神はその身体を宙に踊らせ、メネウスの腕に斬りかかった。

「――ッ!」

 メネウスは一度痛みに頬を歪めたものの、直ぐに元の冷たい表情に戻る。

 それよりカタリーナが驚いたのは、彼の回復速度の速さだ。斬りつけられた服の隙間から覗く彼の傷口が、みるみるうちにふさがっていく。

「その回復速度を見ると、テメェ今"持って"るな?」

 死神の言葉に、メネウスは合点がいったという風に笑う。

「あぁ、貴方の目的は"これ"ですか」

 そう言うとメネウスは胸元から赤いブローチを取り出した。それはまるで手品のようにメネウスの掌の上でふわりと浮いたかと思うと、黒い六芒星の光を散らしながら光り輝き、ブローチは本当の姿を現した。その正体に再びカタリーナはぎょっとする。それは翡翠色の瞳をもつ眼球だった。

「死神さんの探し物って"めだま"だったの!?」

「あぁそうだよ」

 以前話してくれた、小さくて丸くて、強大な魔力を持っていて、もともとは誰かの所有物だったが3人に奪われたもの。それがまさか人体の一部だったとは――。所有者のことを想像してしまい、目元がじんわり痛んだ。ただ、その眼球の瞳の翡翠色は、引き込まれそうなほどに美しかった。

「その目玉を持った程度で不老不死を気取ってるらしいが、そいつは俺様のモノだ。返してもらうぜ」

「いきなり斬りつけるなんてひどいじゃありませんか。誰も返さないとは一言も言ってませんのに」

 メネウスは斬られた服の一部から覗く肌を手で隠しながら物憂げなため息をついた。目玉を紅いブローチの姿に戻し、死神を見据えてにやりと笑う。

「こういうのはどうでしょう。私は貴方に目玉を返す。その代わり貴方はその娘を殺す。とても簡単でしょう?」

「えっ」

 カタリーナの驚愕の表情に、メネウスはさらに不気味に笑った。

「"死神さん"でしたっけ?悪い話じゃないでしょう?貴方の目的はこの目玉を取り戻すこと。それとその娘を天秤にかけたなら、賢い貴方のすべきことはひとつだと思いますが」

「そんな、死神さん!」

「……」

 メネウスの前に立ち尽くしていた死神が、ゆっくりとカタリーナに向き直る。ただしその瞳には、彼女に対する明確な殺意が込められていた。

「さぁ、死神さん。私から宝物を取り返したいのなら、その娘を殺してしまいなさい」

――そして今現在、死神とカタリーナは睨みあったままだ。

 

「そんな、死神さん……約束してくれたよね?私を帰してくれるって……」

 しかしカタリーナは頭の中で理解していた。死神の目的はあくまで目玉を手に入れることで、それが達成できるなら、自分を助ける必要なんてないと。だからこそ、死神の殺気に後ずさる。

「俺の目的はアレを取り戻すことでしかねーんだわ。そういうわけで、悪ィな、嬢ちゃん」

 ずるり、とコートの中から大鎌が現れる。先刻大きな怪物の首をすっぱりと斬り飛ばしたあの大鎌だ。

(いやだ!死にたくない!)

 すくむ足をなんとか動かして、死神に背を向けて走り出した。背後から死神が走ってくる靴の音が聞こえる。

(死にたくない!死にたくない!)

 長い長い廊下をがむしゃらに走った。ただ背後の2つの気配を振り切ろうと走った。――しかし無情にもカタリーナを待っていたのは行き止まりだった。

 コツ、コツ、という音に振り返ると、すぐ背後に迫っていた死神に刃を突き付けられた。荒い呼吸で上下する喉元が刃に触れてしまいそうで、うまく息ができない。

「この期に及んで悪あがきなんて貴女は本当に煩わしいですね。全く美しくない。私ももう疲れました。せめて早く散ってください」

 メネウスの気だるげなため息が沈黙に落ちる。一方聞こえこそしないがカタリーナの心臓はバクバクと脈打っていた。目の前でカタリーナを見下ろす死神の姿は、数刻前まで彼女を助けてくれた優しいそれではない、冷酷な表情だ。これが彼の"本来の仕事"の表情なのかもしれない、と思った。見つめられるだけで恐怖が脈打って止まらない。

(元はといえば、私が死神さんの存在を知られてしまったからこうなっちゃったんだわ)

――3人に見つかると面倒くさいことになる。何度もそう言い聞かされていたはずだったのに。自分の弱さが恨めしい。後悔のあまり涙がこみ上げる。

(死神さん、ごめんなさい――)

 彼への最後のメッセージとして、頭の中でそう呟いたその時、頭の中に死神の声が響いた。

(いいか、今から鎌を振り上げる。その時ヤツの方へ走り抜けろ)

(えっ)

 それに驚き死神を見上げる。彼は冷徹な表情のままだが、声は確かに頭の中に響いてくる。

(死神さん、助けてくれるの?本当に……?)

(ごちゃごちゃうるせぇ!本当に生き残りたいなら、信じろ!)

「どうしたんです?まさかこの期に及んで迷っているんてことはないですよねぇ?」

「うるせぇな、今やってやるよ!」

 そう言って先ほどの宣言通り、死神は大鎌を大きく振り上げた。

(私は死神さんを、信じるっ!)

 刹那、床を蹴り、姿勢を低くして死神の腕の下を通り抜ける。そして死神の背後で腕を組み悠々と立っていたメネウスに向かって、ぶつからんばかりの勢いで走った。

「なっ――」

 予想外の動きだったのだろう、これにはメネウスも目を見開いた。

「往生際が悪いですよ!」

 そして次の魔法を使おうとブローチを持った手を振りかざしたその瞬間、彼の手首から先は鮮血と共に宙を舞った。カタリーナに気を取られたその刹那、メネウスの背後に忍び寄った死神が、彼の手首を斬り落としたのだ。

「ああああ――――ッ!」

 メネウスは目を見開き、痛みに歯を食いしばった。一方彼の手首はブローチごと死神の手中に収まり、手首はやがて赤黒く染まり、小さな六芒星を散らしながら消えてしまった。メネウスが血走った目で死神を睨みつけるのを見て、死神はギザギザの歯を見せつけるようにニィイと笑った。

「お前がそう簡単に"こいつ"を手放すとは思えなかったんでな。一芝居打たせてもらったぜ」

「忌々しい……このままで済むと思うな!」

 斬り離されていない方の手でメネウスはどこからともなく包丁を取り出した。そしてその目はすぐ近くでしりもちをついて一部始終を見ていたカタリーナに向けられた。

 正直なところ、手首が飛んだ辺りから腰が抜けていたカタリーナは、立ち上がることもできず、そのまま後ずさった。

「っひ……!」

「いい加減、目障りなんですよッ……!」

 メネウスがカタリーナに向かって刃を振り下ろそうとした瞬間、彼はぐらつき、身体がその場に崩れ落ちた。

「なぜ、です……力がでない」

「そうだろうよ。それがこの目玉の"呪い"の力だ」

「"呪い"ですって……?」

 死神はニヤリと笑って続ける。

「お前もご存じのこの目玉の持ち主にかけられた"呪い"の力だよ。不老不死とか強力な魔力を与えてやる代わりに魔法の力を使う者の身体を蝕んでいくのさ。お前がそれの存在を知らずに悠長にしていてくれたおかげで助かったぜ」

 メネウスはその細長い脚を震わせて立ちあがった。それだけでもやっとという様子だ。

「さてどうする?まだやるか?」

 目玉を掲げてニタニタ笑う死神をギリと睨んで、メネウスは踵を返し、ゆっくりと闇の中へと消えていった。

 

「悪ィな。お前なら『生きたい』って気持ちで全速力で走ると思ってよ」

 目玉を取り戻したことによって、メネウスの無限廊下から逃れることが出来た2人は、誰もいないことを確認した安全な部屋で身体を休めていた。

「それに、お前芝居下手そうだしな。全部話しちまうと上手くいかなさそうだったし」

「もう!本気で怖かったんだから……!」

 ポテチを口に放って笑う死神に、カタリーナは声を張り上げた。見つかってしまったのは自分の失態とはいえ、怖かったのは事実だ。

「――でも、死神さんは無事に宝物を手に入れられたのよね。それなら、もう私を守る必要なんてないのよね」

 目玉を愛おしそうに見つめる死神を見て、カタリーナは強い不安に俯いた。これからは彼は自分のことを守ってくれない。もともと1人きりだったはずなのに、彼のおかげで生きていられる現状を思うと、行く末に不安と緊張を覚えずにはいられない。

「あのなぁ」

 死神はコートの中にポテチを仕舞って、カタリーナに向き直った。脚を広げて頬杖をついており、姿勢は悪いが、表情は真剣なことがうかがえる。

「これは"ちゃんとした"取引だ。アイツみたいにそもそも守る気の無かった取引じゃねぇ。それにアンタは約束の通り俺に目玉を取り戻した。だからさ、しょーがねぇけど最後まで守ってやるよ」

 死神の言葉に一気に安堵がこみあげ、ほっと息をつくと同時に涙がこぼれ出た。

「死神さん、ありがとう!ありがとうー!」

「だーっ、抱き着くな涙が付くだろっ!」

「それに」とカタリーナを引きはがして死神は続けた。「まだあの野郎には用があるみたいなんでな」

「どうして?」

 先刻の戦いを思い返して、ぞっとしない様子で尋ねた。

「あいつ、この目玉で魔法を使用できる人間に制限をかけてやがる。魔力でさっそくこの館を消し去ってやろうと思ったんだが、どうやら無理らしい。奴の不老不死の魔法も、この制限を解除しない限りまだ奴のモノだ。このままじゃ完全にこいつを取り戻したとは言えねぇ」

「なるほど……私たちが自由に魔法を使えるわけじゃないのね」

「だから、アンタにゃ悪いがまだまだ協力してもらわねぇとな」

 死神はギザギザの歯を見せてニヤリと笑う。

「うん、私も頑張るわ!」

 カタリーナは両手の拳を握りしめ意気込んだ。死神と一緒なら、生きて帰れるような自信が湧きつつあった。

 

 館のどこかの暗闇の中、団長がふん、と鼻を鳴らして笑うのが聞こえた。

「情けないですねぇ。散々に負けた挙句目玉まで奪われるなんて!この館が無くなっちゃったらどうするつもりなんですか?」

 やっぱりワタクシが持っておくべきでしたねぇ。と笑う声にメネウスが舌打ちをする。

「得体のしれない協力者がいてこちらの分が悪かっただけのこと。はぁ、疲れた。私は一度部屋で休みます」

 先ほどまでの身体を引きずるような姿は見せず、姿勢正しくカツカツとヒールを鳴らして闇の中へ消えてしまった。

「強がっちゃって~」

「やれやれ、君だって失敗しただろうに」

 団長はくすくすと彼の背を見て笑っていたが、ライオネルに図星を突かれ、失敗じゃないです~と頬を膨らませた。

「ともあれ、あの目玉が彼らの手にあるままでは我々にとっては非常によろしくないというわけだ」

 ソファに座っていたライオネルが組んだ足を解き、立ち上がる。

「さて、私もひとつ運試しといこうかね」

「ふぅん。あの小娘の悪運とアナタの悪運、どちらが強いか、楽しみですね?」

 団長の煽り立てる言葉を鼻で笑い、どこからともなく取り出したダイスを手で弄びながら、ライオネルは闇の中に消えていった。

 

◆おまけ◆

~数分前~

団長:すっぱりいっちゃってますけどホントに治るんですか?

ライオネル:木みたいに生えてくるんじゃないかね?

団長:えっぐろ~~い!ワタクシ見れな~~い!(チラッチラッ)

メネウス:じゃあ見なきゃいいんじゃないですかね!

 メネウスのて手首の先に赤黒い六芒星の光がパズルのように集まって、元の美しい手が現れる。満足そうに指先を動かすメネウス。

団長:え~っ案外綺麗に元に戻っちゃうんですね。つまんな~い!

メネウス:別にあなたを満足させるためにやっているわけじゃありませんので。

 

 

ライオネル:さて、どうでもいいのだが君がいない間君の飼い猫が私の部屋を荒らしてくれたんだが?

団長:私もお気に入りの服をめちゃめちゃにされたんですけど!

メネウス:あら、きっと寂しかったんですね。よーしよーし。

ラベット:にゃ~ん(ガリッ)

団長:あ、治ったばっかりの方の手。

メネウス:……ふ。ふふふふふ、ふふふふふ。

団長:うわぁ!狂ったように撫でてる!

メネウス:こらこらダメじゃないですか……お転婆なんだから……ふふふ……ふふ……。

ラベット:みぎゃー!(じたじた)

団長:たまには壊れるんですね……。

ライオネル:いつも壊れているけどねぇ。

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