​じ～たいさくほんぶ。

8月15日早朝。
この日ばかりはまだゆっくり眠っていたかったがそうもいかない。望は身体を起こし、着替えて台所へ向かう。今夜のパーティ料理の仕込みをしなければならないのだ。
「自分の誕生日なのに、料理は自分で作るのね……」
　苦笑するも、数日前から今日の料理を楽しみにしている居候たちのことを思うとくすぐったい気持ちになるのだった。幸い料理は嫌いではなく、むしろ大好きだ。たまには時間をかけて凝ったものを作るのも悪くない――長い髪をまとめ上げながら望は意気込んだ。

「これ、こういうのいいんじゃない？アロマ！」
　クイーンは雑多に並べられた棚から1つライチの香りのオイルを手に取った。
「ふん、わるくねぇな」
　値札と比べながらホークが言う。
「えー、そんなの普通じゃなぁい！」
　イーグルが如何にも不満といった声をあげた。
「しかも全然実用的じゃない！きっともっちーは実用的なものの方がスキだよ」
「んー……たしかに」
　クイーンの自信あり気だった表情も曇った。ホークも再び口をへの字にして唸る。
「きっとこっちのコーナーの方が、実用的だし喜んでもらえるよ！」
　『18歳以下立ち入り禁止』の暖簾の向こうに消えていったイーグルの背中に、クイーンは「最ッ低！」と吼えた。


「お前ってとことんキザだよなーっ！」
　隣を歩くペルソナにアンジェロは悪態をついた。
「そうかな？」
　仮面の男はさして気にも留めず自然に笑ってみせる。
「なーにが『今日最も美しくて赤いバラを集めてください』だよ。こっちが恥ずかしくなるぜ」
「そう言って『いちばんきれいに咲いてるひまわりの花をください！』って言ってたのは誰だっけ？」
　そっちのほうが、僕はよっぽど気障だと思うなぁ。ペルソナの笑い声を聞くとなんだかまた恥ずかしくなって、アンジェロはひまわりを持っている手と反対の手で頭をかきむしった。
「くそっ、負けねぇからな！」
「もちろん、受けて立つよ。絶対に負けないけどね」
　２人の闘志を反映するように、金色と赤の華が燃えていた。


「頼まれたものはこれで全部かな」
　神父の問いかけに、ベルガモットが望から預かった買い物メモを確認する。
「はい、すべて買いましたわ」
「こんなに買い込んで、一体どんなものができるのだろうな？」
　神父は食品の入った袋を不思議そうに、かつ期待のこもった眼差しで眺めた。その様子を見て思わずベルガモットは思わず口元がほころんだ。
「楽しみですわね。誕生日の主役に料理をお任せするというのも不思議なものですが」
「そうだな。しかし、望の料理は美味いからな」
「ええ」
「ベルガモットの料理ももちろんおいしいぞ！」
　慌てて加えた様子の神父の様子に、ベルガモットは再び笑ってしまう。
「いえいえそんな。でも光栄ですわ」
　ふと、神父が何かを思いついた風に笑顔を浮かべる。
「ベル、いつか作ってくれた紅茶のシフォンケーキを作れるか？あれを私たちからのプレゼントにしないか。私も手伝うから」
「それは……いいですね！名案ですわ」
「よし、そうと決まれば材料を買いに行こう。なにが必要だ？」
　自分の手作りの料理を覚えていてもらったことと、もう少しだけ二人きりで買い物ができるという喜びを隠しきれない少女の足はいつしか踊っていた。


「ふう……」
　額の汗をぬぐって時計を見た時にはすでに15時だった。パーティが始まるのは18時、まだ少し時間がかかるので、急がなければと再びコンロに向かう。それでもハムをハート形に切ったり、煮物のニンジンを花形に切ったり（ペルソナはこの花形ニンジンが大好きなのだ）、ケーキのクリーム装飾に凝ってみたりと、いつもの料理とは違い細部にこだわりつくすことができた。
（あっ）
　望はふと、居候たちのことを考えながら料理していることに気が付いた。メニューも装飾も何もかも、気がつけば居候たちのことを考えながら決めていた。特に今手をかけているアップルパイは、大好物だが普段食べることができないアンジェロのための特大アップルパイだった。
（……食べてくれる人がいるって、こんなにも楽しくなることなのね）
　望は素直に、幸せに酔いしれた。そして額の汗をぬぐい気合いを入れ直すと、ふたたび力強くパイ生地を伸ばす作業に戻る。
　――思い思いの想いをのせて、パーティの時間は刻一刻と近づいていた。