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「さっきはジャックがお世話になったみたいね」
 笑い声はすれど、明らかに目の奥が笑っていない。
「この街をぶち壊すつもりのようだけど、そうはさせないわ」
「街をぶち壊す?」
 アンジェロが眉を寄せた。
「ちょっと待てよ、オレたちはそんなつもりは――」
「問答無用よ!」
 ハロウィンが腕を振りおろすと、蝋燭が次々にアンジェロたちに降り注いだ。全員間一髪で回避したものの、その素早さと威力は全員の予測を遙かに上回っていた。
「どうやら相当頭に血がのぼってるみたいだね」
 イーグルが肩を竦める。
「というか、なんか食い違ってる気がするなぁ」
 ペルソナが首を捻る。
「そうだな……」
 なにか裏がありそうだと踏んでいたのはアンジェロも同じだ。
「全員、目的はハロウィンの捕縛だ。力量がわからない以上無理はするなよ、いいな!」
「やれやれ、やっと御本人をズタズタにしてやれると思ったんだけどな!」
 リーダーの指示に不満を漏らしながらも、前衛のイーグルは駆け出す。
「ふうん、ワタクシを捕まえる?舐められたものね!」
 ハロウィンが指揮棒を振るように指を踊らせると、コロッセオでも対峙したお菓子のお化けたちが一斉に襲ってきた。
「任せて!」
「ああ、同じ手はくわん!」
 クイーンと神父がすぐさま街の建物の上へのぼり、迫りくるマシュマロお化けたちを引きつけ、炎の魔術と炎の矢で撃退する。
 一方ハロウィンの元へ走っているイーグルとベルガモットの前に、突如地面からヒモグミお化けが飛び出してくる。しかし斬り刻む手段を持つ2人の敵ではない。イーグルは着物の裾で、ベルガモットは両手をドラゴンの爪へ変化させてヒモグミお化けを斬り伏せた。
「さすがにこれだけってことはねぇよなぁ!」
 二人は一気に飛び上がり、ハロウィンの眼前に迫った。
「――ええ、もちろんだわ」
 焦るそぶりも見せないハロウィンが再びニヤリと不気味に笑う。ハロウィンが両手を広げると、彼女の姿はかき消え、2人の目の前には真っ黒な大きな箱が現れた。
「これは――棺桶ですわ!」
 イーグルが飛び上がった勢いのまま、十字架が刻まれたその箱を斬る。真っ二つになった棺桶は重力に従って地面に落ち鈍い音を立てる。
「ずいぶんせっかちねぇ貴方たち」
 イーグルとベルガモットの背後でハロウィンの声が聞こえた。振り返ると、先ほど切り刻んだ棺桶と同じ棺桶が空中に浮かび、その蓋を開けて優雅にハロウィンが現れた。
「まだパーティは始まったばかりじゃない」
 ハロウィンの周囲に今度は丸や四角、星など様々な形をした茶色い物体が現れる。香ばしいそれらはクッキーだ。クッキーは高速で回転し、まるでチェーンソーのような音を立てながらイーグルとベルガモットに襲いかかった。
「きゃあ!」
「ぐうっ……」
 回避も間に合わないほどのそれは二人の身体を易々と斬り裂いた。
「イーグル!ベルちゃん!くそっ!」
 近くにいたペルソナがとっさにナイフを構え放つ。クッキーお化けはナイフに貫かれボロボロに砕けて消えた。

「イーグルたちは苦戦しているようだな」
「あなたたちもよ、おまぬけさん」
「!」
 神父とクイーンの背後に、突如棺桶からハロウィンが現れる。そして先刻と同じようにクッキーお化けで2人を襲う。
「させるか!」
 二人が身構えた瞬間数発の銃声が轟き、クッキーたちは二人にたどり着く前に空中で粉々に砕け散った。アンジェロだ。その隙に2人はハロウィンから距離を置く。
「ふぅん、なかなかやるわね」
 ハロウィンはなおも笑みを崩さない。
「じゃあ、これならどうかしら?」
 ハロウィンの足下から彼女の影が、突如伸びて広がった。真っ黒なそれは3人の影をも飲み込み、まるで絨毯のように広がっていく。
「ハッピーハロウィーン!」
 彼女が楽しそうに手を叩いたその瞬間、アンジェロたちの身体は痛みと共に宙に放り出されていた。3人の足下まで伸びた影は彼女の合図によって、まるで飛び出す絵本の仕掛けのように異質な形に隆起し、それが彼らを吹き飛ばしたのである。真っ黒な影は枯れ木や教会、洋館などあらゆる形になっていた。更にその枯れ木の枝や教会の屋根など、鋭い部分が3人の身を引き裂いた。
 どさりと3人が地面に叩きつけられる音を聞いて、ハロウィンは高らかに笑う。
「いい気味だわ!"ハロウィン"の楽しさ、わかっていただけたかしら?」
「……へへ、いやまだだね!」
 ハロウィンが眉を顰める。アンジェロが流血した肩を押さえながら、ハロウィンを睨んで笑った。
「オレたち長いこと忘れてたからなぁ。そう簡単には思い出せねぇんだよ。だからもっと教えてくれよ、"ハロウィン”をよ!」
 神父とクイーンも傷はあるものの立ち上がる。
「あたしたち、伊達に天使やってないもんねー!」
「私は悪魔だがな」
 存外余裕を感じさせる2人の様子に、ハロウィンは露骨に不機嫌な顔を浮かべた。
「いいわ、二度と忘れられなくなるぐらいにボロボロにしてあげる!」
 ハロウィンの目が再び怪しく光った。

(ほんとうに大丈夫なの?アンジェロ・・・・・・)
 建物の一つにひっそりと隠れ、望は仲間たちの様子を見ていた。アンジェロに大丈夫と念を押されていたが、仲間が血を流す姿を見るのは何度見ても慣れなかった。不安で胸がいっぱいになる。
(いえ、足手まといになるぐらいならできることをしなくちゃ)
 望は自分の身を守ることに専念すると同時に、先刻のハロウィンの言葉の違和感に思案を巡らせていた。
(「街を壊されるぐらいなら――」とか言っていたわね)
 何故自分たちが街を壊そうとしていると考えたのか?そもそもハロウィンと直接対話したのはコロッセオで初めて対面したときだけで、意志疎通の機会はそれしかなかったはずだ。自分たちの会話を隠れて聞いていたのだとしても、「街を壊す」ということは一切話していなかったはずだ(イーグルでさえもである。ちなみに強行手段とは、ホークと子供たちだけを強引に奪還してしまおうという内容だった)。ではなぜ「私たちが街を破壊しようとしている」という誤解をハロウィンが抱いたのか?
 そこまで思案したところで望は、明らかに自分たちとハロウィン、両陣営を行き来できる人物に気づいた。
「――いたわ、私たちの会話を聞いていて、かつそれを歪曲して伝えることのできる人が!」


 ホークが意識を取り戻したのは、ハロウィンの部屋の天蓋付きベッドの中だった。コウモリやカボチャのモビールがゆらゆら揺れている。
「おや、気が付かれましたか」
 声の方へ視線を向けると、紫色のカーテンの向こうからジャックが現れる。ひょろ長い身体に大ぶりのカボチャが乗っているシルエットは、無機質な案山子のようでいつ見ても不気味だ。
「そうだ、ハロウィンは」
 先刻までのやりとりを思い出しとび起きると、視界がぐらついて思わず呻く。
「まだ安静になさった方がよろしいかと……」
 ジャックは相変わらず冷静に語りかけてくる。その冷静さはなお不気味だ。
「ご主人さまが大変なのに、お前は行かなくていいのか?」
「はぁ、ハロウィンさまならきっと大丈夫と思いまして」
「俺の仲間、言っておくが強いぞ。それでもか?」
「えぇ、私の出る幕ではありません。それより貴方が逃亡しないように見張ることの方が賢明かと」
 ここまでの会話でも依然声の調子は淡々としている。ホークは眉を顰めた。
「……お前、ハロウィンに拾われたんだってな」
「えぇ」
「ハロウィンから頭と力をもらってその姿らしいが、元は黒い霧みたいな姿してたんだろ?その、今手首から出てるような」
「はい、そのようです。もっとも、首がなかったので首を頂く前の姿はわからないのですが」
「お前、悪霊じゃねぇのか?」
 ジャックはしばし沈黙した。その沈黙が何の沈黙だったのかわからないが、ホークはジャックを睨んだままでいた。
「……うう、わからないのです」
 ジャックが突然呻いてうなだれた。カボチャの頭が落ちてしまうかと思ったが、そんなことはなかった。
「昔のことを思い出そうとすると、この頭のカボチャが邪魔をするのです。あなたのカボチャの首輪のように……」
 形は違えど役目は同じなのか、ホークは思わず自分の首のカボチャのチョーカーを撫でた。
「本当は私も逃げ出したい。貴方のようにお仲間が助けに来てくださったらどんなに幸せなことでしょう」
 先刻までの淡々とした調子が突然崩れ、ホークは動揺していた。
「あぁ、混乱するようなことを急に言って悪かった」
「いえ、私こそ取り乱してしまって申し訳ありません。しかし――貴方のおかげで勇気がわきました」
 ジャックは顔を上げて、ホークを見据えた。
「天使さま、貴方は不思議な力をお持ちなのでしょう?どうか私のこのカボチャ頭を壊してください!きっと私が何者なのかわかるはずです」
「いや、別に俺は、悪霊と言っても害がなければいいんだが」
「いえ、これは私のお願いです。私は自分のことが知りたい。どうかお願いします……」
 無表情にも関わらず、眼前のカボチャ頭からはとてつもない気迫が伝わってくる。ホークは思わず少し身を引いていた。もしハロウィンがその場にいたら全力で阻止されそうだが、幸か不幸か彼女は自分たちの仲間と戦っている最中だ。彼女はジャックのことをツマラナイと言っていたし、ジャック本人が解放されたがっているのだからかまわないのだろうか。いずれにせよ、束縛されている状態を辛いと感じているのなら、助けてやらなければと思った。
「……わかったよ」
 ホークは気をジャックのカボチャ頭に集中させた。ホークには物体の"核"が見える。それは物体のエネルギーが集まる場所であり、そこを攻撃することで必ず対象を破壊できる。ホークが天使として持つ特殊能力だ。
 ジャックの顔の中心、ちょうど鼻の穴が空いている辺りが"核"だった。ホークは静かに拳を引き、ジャックを吹き飛ばさないように調節しながら寸分違わず"核"を貫いた。
 ジャックの頭のカボチャは綺麗に割れた。その途端砕け落ちるカボチャの破片の隙間から、黒い霧が勢い良く溢れ出しホークを覆い始める。
「お、おいっ!……くっ」
 黒い霧の吹き出す勢いに思わず目を覆う。部屋は次第に黒い霧に覆われ、窓の外からは何も見えないほど真っ黒に染まった。


「――!おいアールグレイ、水だ!」
 ハロウィンの猛攻撃をかわしながらアンジェロが何かに気づいた。神父は黙って頷くと、飛び回りながら魔法陣を展開、巨大な水の渦をハロウィンに向かって撃った。
「無駄よ!」
 ハロウィンがすかさずマシュマロお化けたちを盾に攻撃を防いだ。
「言ったでしょう、無駄だって――えっ」
 ハロウィンの動揺を余所に、アンジェロがニヤリと笑う。
「ビンゴだぜ!」
 宙に浮かぶハロウィンの頭上、何もないはずの場所に水滴がいくつも静止している。それは雨のあとに、蜘蛛の巣に雨粒がついている様子とまるで同じだ。その水滴はまさに先刻ハロウィンが水を防いだ瞬間飛び散ったものだ。
 水滴を頼りに糸を辿うと、糸は操り人形のように、ハロウィンの関節部分にそれぞれくくり付けられている。
「なぁるほど、不思議な力で浮いてんのかと思ったけど、自分で吊ってたわけ」
 イーグルが向けた笑みに、ハロウィンは眉を顰め歯を食いしばる。
「なんかキラキラ光ってると思ったんだ」
 ふふんと自慢げにアンジェロが鼻をこすった。
「それを切っちまえばもう飛べねぇよな!ペルソナぁ!」
 間髪入れずペルソナが、ハロウィンを吊っている糸めがけてナイフを投げた。
「ふん、仕組みがわかったからって何だって言うの!」
 ハロウィンは素早く棺桶に逃げ込んだ。ペルソナのナイフは棺桶に突き刺さる。
「私に近づけないのなら全く意味のないことだわ!」
 遠くから響いたハロウィンの声が動揺していることは、その場にいた全員が理解できた。アンジェロがへへ、と笑った。
「どうやら任務は完遂できそうだぜ!」
 全員の狙いがハロウィンの頭上の糸へ集中する。それはハロウィンにとって非常にやりにくい状況だった。彼女と異なり自在に空中を移動できる天使たちは明らかに分が悪い。戦況はみるみるうちに逆転していった。
(このままじゃまずい・・・・・・!)
 ハロウィンがそう感じていたその時。

「アンジェロ!わかったの、犯人が!」

 建物の影から、突然少女が飛び出してきた。その制服姿は間違いなく望である。そしてただの人間のその姿をハロウィンも覚えていた。ハロウィンの口角がつりあがる。
「やめろ、今出てくるんじゃない望!」
「きゃあっ!」
 アンジェロの叫びも虚しく、望はハロウィンにその身体を宙にさらわれてしまった。
(もうあまり力が残ってないの、悪いわね)
 マシュマロお化けに望の身体を持たせ、自分の傍らに吊り下げる。望はまるで十字に張り付けられた格好になって吊られてしまった。
「ふふ、これからはこの子を盾にさせてもらうわ。呪うなら、足手まといを連れてきた貴方たちのリーダーを呪うのね!」
 天使たちの苦い顔を眺めハロウィンが高らかに宣言した、その時だった。
「――Brava,signorina!そしてGrazie」
 自分の近くで突然響いた男の声にハロウィンは眼を見開いた。辺りをキョロキョロと見回しても、遠くから自分たちを見ている天使たち以外に男の影はない。そうしているうちに、低い笑い声が聞こえてくる。ぞくりとして冷や汗が頬を伝った。男の声は真横から聞こえてくるのだった。恐る恐る傍らの少女へ視線を移す。肩を揺らして笑う少女の顔は既に、ピエロように笑う仮面に変わっていた。
「こんな作戦を組み立てられるほど、うちのリーダーは優秀でね!」
 ハロウィンとマシュマロお化けたちがが眼を丸くしているその一瞬の間に、ペルソナはハロウィンの真上に向かって数本のナイフを投げつけた。そのナイフは綺麗にすべての糸を切り去る。糸が切られた瞬間、コウモリの翼で羽ばたく蜘蛛が姿を現した。こいつが姿を消し糸で彼女を吊って飛び回っていたらしく、操る対象がいなくなり慌てて現れたようだ。
「きゃああああああ!」
 ハロウィンの身体は悲鳴と共に真っ逆様に落下した。瞬時に神父は魔術でハロウィンを光の球体に包む。落下速度を下げるためと、これ以上彼女に力を使わせないための魔法だ。
 地面に落ちたハロウィンが起きあがって見上げると、軽く向けられた白い銃口と彼女を囲む天使たちの姿。
「どうだい、なかなかおもしろかったろ?」
 アンジェロは憎たらしい笑みを浮かべ、構えた銃をくるくると回して仕舞う。
「――ええ、とってもおもしろかったわ」
 もう抵抗する力をほとんど残していないハロウィンは、観念してうなだれた。


「だーから、オレたちはそんな物騒なことは考えてないって言ったろ?」
「でもジャックがそう言ったわ!」
 先ほどからこの応酬ばかりで話が進まない。まるで子供同士の喧嘩のようなやりとりに(2人とも容姿は子供なのだが)大人たちはやれやれと首を振る始末だ。
「あんた、その拾った男のこと相当信頼してるみたいだけど」
 痺れを切らしたイーグルが溜息混じりに言った。
「そいつが嘘を吐くとか、考えたことないわけ?」
「だって、何事も従順に従うような男よ?あいつが嘘を吐くなんて想像できないわ」
「その"従順な姿勢がそもそも嘘だったら"ってことだよ」
「えっ……」
「それについてなのだけど」望が一歩前に出る。
「私たちが話していたことと貴女が彼から聞いた報告、どうも食い違ってるのよ。私たちのこのすれ違いは、彼が嘘を吐いていなければ起こり得ないはずだわ」
「……つまり何が言いたいの、彼はワタクシに嘘を吐いたことなんて一度も――」
 ハロウィンが必死に訴えようとしたその時、ドォオオンと爆発音が響いた。それはハロウィンが飛び出してきた城の最上階にある、ハロウィンの部屋が爆発し崩れ落ちる音だった。
 全員の緊張が高まる。煙と共に溢れ出してきたのは黒い霧。そして

「ひゃーーーはははははは!!」

 狂ったような笑い声と共に霧の中から飛び出してきたのは、オールバックに礼服のツリ目の男。
「か、カラスさん?」
「いえ、様子がおかしいですわ」
 ベルガモットの言葉通り、目元には深い隈があり、物腰も普段と違って殺気立っている。そして口元を歪め、とがった歯を見せつけて笑う様は明らかにホークのそれではない。
「そんな変な顔で睨むんじゃねぇよ!」
 ホークであってホークでないその男は、アンジェロたちの頭上で下品に笑った。声はまるでホークの声にもう一つ別の声が重なっているように聞こえる。
「てめぇ、何者だ!」
「何者って、あんたたちは既に見当がついてんじゃねぇのかぁ?」
 アンジェロが問いかけると、男はいかにも見下した様子で言う。
「まさか……ジャックなの?」
 ハロウィンが震えた声で言うと、男は仰け反るほど笑ってから、ホークの鋭い眼でハロウィンを睨んだ。
「今頃気付きやがったのですかハロウィンさま?」
「くっ!」
 ハロウィンが怒りに任せて手を空中に掲げた。どうやらホークのチョーカーに力を送っているようだが、ジャックは全く余裕の姿勢を崩さない。
「ふん、力の弱ったお前なんか怖くねぇんだよ!」
 ジャックは首もとに手を運び、そして見せつけるようにチョーカーを引きちぎった。
「随分と信頼して力を預けてくれたようだが、それがアダになったなぁ?えぇ?このカラス野郎にお前が預けた分も纏めて俺がもらっていってやるよ!」
「やっぱりそいつの正体は悪霊だったってわけ」
 イーグルは弟の身体をいいように使う相手を睨みつける。
「あぁそうだよ俺は悪霊だ、首無しのな」
 ジャックは手で自分の首を切る仕草をして見せる。
「生前ちょっとばかりドジしたら、首切られて死んじまってよ。そしたら死んだ後も首がなくて厄介してたんだ。そしたらラッキーなことにこいつが頭を付けやがった。久しぶりの首のある生活は快適だったね!だがそのままトンズラしようにもこのカボチャのせいで逃げられやしねぇ。仕方なく言うことを聞いてご機嫌をとって、いつか寝首をかいてやろうとしてたんだが……」
 未だ驚いているハロウィンのその表情に、背筋を伝うような快楽を感じながらジャックは笑う。
「突然その女がこの男を連れてきたことで、気が変わった。この男に自分を解放させて、ついでにその頭付きの身体を貰ってやろうってな!」
「なんか、思ってた以上にクズっぽい~」
 クイーンが珍しく不機嫌を露わにして言った。
「その女も、あんたらの仲間のこの男も間抜けで助かったぜ!――あぁ、あんたらも間抜けだったな。ありがとうよ、俺のためにその女を弱らせてくれてさぁ!」
 ジャックがそう言い放ったとき、既にイーグルが飛び上がっていた。ジャックに向かって刃物の裾を振り上げている。
「イーグル!待て!」
 不穏な予感にアンジェロは思わず制止していた。その予感は的中し、ジャックは一切狼狽えず、ホークの顔で歪んだ笑みを浮かべた。
「間抜けはどこまでも間抜けだぜ」
 ジャックの姿は消え、イーグルの攻撃は空を斬った。そして突然背後からの衝撃、背後に回ったジャックの蹴りによって、イーグルは振り向く間もなく吹き飛ばされた。
 それを見てまたジャックは狂ったように笑った。
「バァーカ、お前らの攻撃手段は全部この男の頭の中に入ってんだよ」
 ジャックは頭をつついて舌をべっと出してみせる。
「お前等がどんな攻撃を仕掛けてくるか手に取るようにわかるぜ。つまりお前らに俺に対抗する手段は無いってわけだ!」
 ジャックは拳を振り上げ地面に急降下し、その拳を地面に叩きつけた。拳が突き刺さった場所から蜘蛛の巣状に地割れが広がり、建物や街が次々に崩れていく。
 その様にハロウィンは声にならない悲鳴を上げていた。
「こいつが元々持ってる力も悪くねぇ、その女が持ってた力と併せて、俺は最強ってわけだ」
 一度試して満足した様子のジャックは、今度は上空へ急上昇する。もちろんホークの天使の翼でだ。
「待ちなさい!どこへ行くの!」
 ハロウィンが叫んだ。
「決まってんだろ、俺の元々の居場所はこんな場所じゃねぇ、地上だ!ああ、やっと出られるぜ!」
 ジャックは高らかに笑いながら、黒い闇の空に消えていった。
「あいつをあのまま外へ出してしまうのはまずいな」
 神父が焦りを露わに言った。
「でも僕たちの攻撃が通らないなら、どうやって……」
 ペルソナも仮面に汗を浮かべている。
 そんな中、望はコロッセオでの戦いを思い出していた。ゼリーカップから解放された望がペルソナに抱えられながら見ていたものは、両手を潰されただけで狼狽し手段のなくなるジャックの姿。
(もしかしてあいつ、不測の事態に弱いんじゃないかしら……)
 望の頭に一つの作戦が閃く。
「戦法を変えればいいのよ。あいつが予測もできないような、私たちも今までしたことのないような戦法を使えばいいんだわ」
「そんなことすぐにできるわけ……」言いかけたアンジェロがはっと顔を上げる。
「"仮装"だ」
 先程ハロウィンと問答した際、ジャックの力の仕組みについて聞いた話を思い出したのだ。ハロウィンが自分の力を分け与える"仮装"という能力のことを。それは望も同じだったようで、2人は目配せして頷いた。
 アンジェロは駆け出し、街を壊されぐったりしているハロウィンの肩を掴んだ。
「ハロウィン、オレたちを"仮装"させてくれ!残っている力の分でいい、ほんの少しずつオレたちに力をわけてくれ!」
 ハロウィンもはっとした様子で顔を上げ、改めて天使たちの顔を一人ずつ見た。各々が勝利を確信したような自信に溢れた顔をしている。
「ワタクシの力は残り少ないのよ、失敗したら許さないんだから」
 弱った笑顔を浮かべるハロウィンに、アンジェロは自信に溢れた笑顔で応えてみせた。
「心配すんな、まだパーティーは終わらせねぇぜ!」


 深夜の公園。暗い中に赤い光がぐるぐると回っていた。大勢の青い制服姿の男たちが、荒っぽく公園内を調べ回っている。
「ここ数日の児童集団失踪事件について、ついに警察が捜査に乗り出しました」
 公園の外からはカメラのシャッター音とマイクを持った女性の声が聞こえてくる。深夜にも関わらず、公園前にはかなりの人が集まっているようだった。
 その騒々しさを打ち破るように、突如公園の大きな池が大きな飛沫をあげた。言うまでもなく、ジャックが飛び出してきたのである。
「な、なんだあれは!?」
「捜査に急展開です!池の中から何かが現れたようです!お、男の人!?宙に浮いています!」
 ざわめく人間たちを見下ろしながら、ジャックは低く笑った。
「こいつはどうも、俺の餌になるために集まってくれて、歓迎するぜ!」
 ジャックが言い放った瞬間、大量の蝋燭とクッキーお化けが人々に降り注いだ。人々は悲鳴をあげて逃げ回る。その悲鳴を聞いて、ジャックは再び悦に浸る。
「あぁ、思い出した。生きてた頃に俺がやってたことと同じ感覚だ。最高に気分がいい、ははははは!」
 狂ったように笑いながら攻撃を続けるジャックは、自分の足下の水面が静かに揺れたことにも気が付かない。
「そろそろ仕舞いにしてやるぜ、全員纏めて殺してやる!」
 ジャックが両手を掲げてどす黒いエネルギーを溜めはじめると、地面が揺れ押しつぶされてしまいそうなほどの風圧が起こった。人々は手も足も出ずされるがまま、死を覚悟する者もいた、その時。

――フフフフ、ハハハハハハ……。

 まるで魔物の唸り声のような低い笑いが、公園中にこだました。ジャックは思わず手を止める。それは自分の力の効果では無かったからだ。

――霧が深くなってきた。夜の闇はまるで星たちを多い尽くしてしまわんばかりに濃くなっていく。偽物のように明るい月が、ぼくたちを見下ろしていた……。

 まるで物語を紡ぐように、正体の知れない不気味な声が語りだした。すると突然、公園に突然深い霧が立ちこめる。ジャックが驚いて見上げると、夜を覆っていた星は消え、月はやにわに満月へと形を変えた。
 倒れていた人々も顔を上げて、何事かと辺りを見回しはじめる。
「誰だ、どうなってやがる!」
 ジャックの声は霧に吸い込まれるだけだった。声はお構いなしに続ける。

――こんな夜には、おばけたちが現れてもおかしくないなぁ。いたずら好きの彼らはきっとこう言うだろうね、"トリックオアトリート"!お菓子を持っていなくても心配しないで、彼らのいたずらは頬をつつくとか手を引っ張るとか些細なものさ。
 
 ジャックの目の前に霧の中から人影が現れる。豪華な装丁の厚い本を開き、羽ペンを滑らせて高らかに語りながら、その男は現れた。捻れた形のシルクハットを被った男は、怪しい笑みをたたえた仮面を被っている。
「お、お前はこいつの仲間の」

――ああ、ぼくかい?ぼくは"語り部"、"ハロウィン"の案内役だよ。

 アシンメトリーのおかしな燕尾服を纏った仮面の男は不気味な動きで一礼した。

――そうそうでもね、きみたちに忠告しなきゃいけないことがあるんだ。

 語り部の男はきみたちといいながら明らかにジャック一人を見据えていた。

――お菓子を持っていてもお菓子をくれないような意地悪な子には、最高で最狂ないたずらが待っているかもよ?

「くっ、ほざけ!」
 ジャックが飛びかかるも、語り部の男はマントを翻し、再び不気味な笑い声を浮かべながら霧の中へ消えていった。
「くそ、どこいった!」
 辺りを見回していたその時、突然背後でチェーンソーの唸る音がした。とっさに身を捩ると、自分の胴体からあと数センチという距離を、巨大なチェーンソーが通過していった。
バランスを崩して公園の芝生の上に着地すると、すかさずチェーンソーの音が追いかけてくる。
「ひぃい!」
 身を転がしてかわすと、チェーンソーはジャックが先刻いた場所に深々と突き刺さっていた。
「……おいおい、しっかりしてくんなきゃあ」
 チェーンソーの主は巨大なチェーンソーを地面から軽々と引き抜き、ジャックを睨み付けた。
「それ、俺の弟の身体なんだから、気合い入れて避けて貰わないとね!」
 言動から先程ジャックが蹴り飛ばした男だとは予測が付いたが、ジャックはその容姿に驚愕していた。頭にはボルトが刺さっており、体中継ぎ接ぎだらけの姿はまるで人造人間かフランケンシュタインだ。しかも自分を追い回したチェーンソーは手に持っているのではない、彼の右手がチェーンソーそのものなのだ。
「必死で逃げてもらわなきゃ困るんだよなぁあああ!」
 人造人間はジャックに負けず劣らず半狂乱な笑い声を響かせ、狂ったように右手を振り回す。ジャックはその気迫に圧倒され、飛ぶことも忘れ走り出した。その顔は蒼白だった。

――逃げまどう男は知らないうちに、鬱蒼とした森の中へと迷い込んでしまったのでした。

 語り部の声が再び響くと、ジャックの周囲は突然木々が密集する森へと姿を変える。
(おい、こんなところなかったはずだぞ!)
 冷や汗が頬を伝う。こんな森走り抜けてやる、とジャックがスピードを上げたその瞬間、足首が引っ張られる感覚にジャックは転倒した。
「今度は何だ!」
 地面に打ちつけた箇所をさすりながら見ると、木の枝に足首が絡めとられている。――いや、それは木の枝ではなかった。土気色をした細いそれは人の手だった。それに気が付いた瞬間、足首が強く握りしめられ、ジャックは痛みで呻いた。そして地面から飛び出す手首の辺りの地面が徐々に盛り上がっていき、現れたのはボロボロの衣服(もはや布きれのような)を纏った、痩せぎすの土気色のゾンビ男。ボサボサの赤い髪の毛と、目玉がなく虚のような右目がひどく不気味だった。
ゾンビ男と同じ木の枝のような腕が無数にゾンビ男の周囲に現れる。
「菓子をよこせ……菓子を……」
 ゾンビ男は低く笑いながら、ジャックを地面に引きずり込もうとその無数の手をジャックに這わせてくる。

――ああ、かわいそうなジャック!あっ!そういえば、夜の森には狼が潜んでいることを忘れてた!大変だぁ!
「畜生、舐めやがって!」
 語り部のおちょくるような言い回しはジャックを苛立たせた。
 力任せにゾンビの手を振り払っていると、狼の遠吠えが響き、畳みかけるように木々や草むらを揺らす音がこちらへ向かってきた。
「がおおおおおお!」
 草むらから飛び出してきたのは小さな狼男だった。
「ほらほら、早く逃げないとこのオレさまが食っちまうぞ~!」
 小さな狼男はしっぽを振って身動きのとれないジャックをあざ笑う。
「このっ、くそガキがぁああ!」
 怒りにまかせ、ホークの持つ怪力で無数の手を振り払うと、ジャックは逃げるように上空へ飛んだ。
「俺を舐めやがって、ガキ共がどうなってもいいのか!?」
 ジャックは血走った目で、池を指さして叫んだ。
「いいか、ガキどもは俺が操ってるんだ!今度俺を舐め腐ったことをしてみろ、コロッセオにいるガキ共全員殺してやる!」
 ジャックが言い終わらないうちに、今度は公園中に朗らかな音楽が響く。ラッパをベースにした拍子抜けするほど楽しくて間抜けな音楽だ。ジャックが音の元を探すと、池から子供たちが行列を作り、続々と公園へ戻ってきているのが見え絶句した。子供たちは心の底から楽しそうな笑い声をあげて歩いている。
「はいはーい!お菓子がほしい人よっといでー!」
 ピエロモチーフの可愛らしいドレスを纏って子供たちを先導するのは笛吹きの女。
「楽しいハロウィンはこっちだよー!おいしいお菓子もたくさんあるよー!食べ過ぎちゃってもしらないよっ!」
 笛吹きが手にもつ巨大なラッパを吹いた。プー!とおもちゃのラッパのような間抜けな音を響かせたと思うと。ラッパからたくさんのお菓子が溢れ出す。瞳を輝かせ、お菓子を追いかける子供たちの様子は明らかにジャックの呪縛から解き放たれていた。
 そしてお菓子に目を輝かせていたのは子供たちだけではなかった。大人たちも降ってくるキャンディやチョコレートの包みを掴み、こう呟くのだった。
 ハロウィン、そんな行事もあったなぁと。

「――あああああああ!」
 ジャックは怒り任せに叫んだ。そしてそのまま、子供たちの行列に向かって蝋燭を放つ。だがしかしその蝋燭は子供たちへは届かない。
「いけませんわ、そんな怖いお顔。ハロウィンは楽しまなくては」
 黒いマントを被った死神少女の巨大な鎌が、蝋燭を残らず切り刻む。
「ところで、貴方の首とても切れ味がよさそう……」
 次の瞬間には、死神少女がジャックの背後に回り、恍惚とした声で囁きながらジャックの首を指でなぞる。
「一度切った経験がおあり?わたくしも切ってよろしいかしら!」
 背後から振り下ろされた鎌を間一髪でかわしたジャックは、もはや冷静さを欠いていた。
(クソっ、クソクソクソっ!)
 切羽詰ったジャックの脳裏に浮かんでいるのはあの"何の力も持たない少女"だった。子供たちという後ろ盾が何もなくなった今、天使たちを動揺させる為には再びあの少女を使うしかない。
 そう考えていた矢先、目の前にあの少女の姿が見えた。飛びもせず、地面に仁王立ちのその少女の姿は、コロッセオで見たときと何ら変わっていない、制服姿のままだった。つまり"仮装"していない。
(もらった!)
 ジャックが少女を抱え上げてしまおうと腕を伸ばしたその時だ。
「"嘘"を吐くのは、貴方だけじゃないのよ?」
「何!」
 霧が動き出し、少女の周りに集まる。霧は大きな魔女の帽子と長いマントへ変わると、制服の上から彼女を包んだ。
「人を惑わす術を使う、それが魔女でしょう?」
 そして月を模したステッキが、霧の中から現れる。
 まずい、ジャックは直感した。
「悪いけど逃がさないわ!」
 魔女だった少女は、両手でステッキをジャックに向けて構えた。
「お菓子をくれないなら、いたずらよ!」
 ステッキの先から、太いレーザーが放たれ、ジャックの腹部に直撃する。そのレーザーは月の光の色をしていた。
「がああああっ!」
 ジャックの身体は吹き飛んだ。
 すると突然、ジャックの視界が真っ黒な闇に覆われる。
(なんだこれは!今度はなんだ!)
 身体をひねって辺りを見回しても何も見えない。ただの闇だ。そしてふと、身体が軽くなったようなそんな感覚になる。

「――い、おい!」

 闇の中から響く、ドスの利いた低い声。思わず身体が飛び上がった。何も見えない、しかしおぞましい予感に背筋を凍らせた。なぜならその低い声には聞き覚えがあったからだ。ついさっきまで自分が使っていたような低い声――。

「はいっ!」

 突然これもまた聞き覚えのある少女の明るい声が聞こえ、同時に視界が明るくなる。そして頭に重いものを被せられたような感覚。
「これではっきりみえるわよね?」
 怪しくニタニタと笑う少女の顔が視界いっぱいに広がり、ジャックは戦慄した。その少女は紛れもなくハロウィンだ。辺りを見回すと、"仮装"に身を包んだままの天使たちと、その中で元気に笑うハロウィン。
「お前!どうやって出て――」
「おい、てめぇ!」
 言いかけたとき、再び聞こえた低い声に再び無様に縮みあがる。声の主はゆっくりと近づいてかがみこみ、ジャックのそのカボチャ頭を大きな手でガッシリ掴んだ。
「これで俺がどんなツラしてるかよぉ~く見えるわけだ」
 目を逸らそうにも、頭をしっかりと掴まれているジャックは、眼前の吊り目の男の顔をじっくり見る羽目になった。口元は笑みを浮かべているが、その三白眼の奥には殺気しか見えない。
「よくも俺の姿で情けねぇツラばっかり晒してくれやがったな、あぁ?いたずらが過ぎる奴には仕置きが必要だよなぁ?ジャック!」
「ひ、ひぃいい!」
 ホークはその拳が光るほどパワーを込め、ジャックのボディを殴りつけた。ジャックはうめき、ガクリと首をもたげて動かなくなった。カボチャの首が落ちてしまうかと思ったが、そんなことはなかった。


 行方不明になった子供たちが霧の中からたくさんのお菓子を抱えて帰ってきたことをうけて、しばらく公園の周辺は大混乱だったが、しばらくすると子供たちは親に手を引かれ帰っていった。警察や野次馬たちも、霧が晴れるとまるで何事もなかったかのように普段の公園の風景が広がっていることを不思議に思ったが、調べても何も解決せずすごすごと退散していった。当然神父の魔法で元通りにしたなど予測がつくはずもない。
 ほとぼりが冷めるまで身を隠していたアンジェロたちは、ジャックが意識を取り戻した頃、全員がハロウィンに"仮装"で預かった力を返した。
「本当にいいの?そいつ倒さなくて?」
 クイーンが尋ねると、ハロウィンは頷いた。
「もちろんよ!こんなにおもしろいもの、手放すのがおしいわ」
 逃げられないようきつく縛られたジャックに絡みつきながらハロウィンが声を弾ませた。
「このワタクシを欺くなんて、最高に楽しいいたずらだったわジャック。やっぱりワタクシの目に狂いはなかったのね」
 先ほどまで力を奪われピンチに陥ってしまったのをすっかり忘れたかのように、ハロウィンはジャックをからかって遊びはじめる。やれやれとホークは肩をすくめた。
「それと、ワタクシもいけないのよね。こうすればよかったんだわ」
 ハロウィンがジャックのカボチャに向かって指を振ると、ジャックのカボチャがキラリと一瞬光った。すると無表情だったジャックの顔が、ジャックの感情に沿って動き出した。
「な、なんだてめー、何したんだ?」
「わぁ!すごい、僕の仮面みたいだ!」
 ペルソナが仲間仲間、とはしゃぎ出す。
「これで貴方がどんな悪巧みをしたとしてもお見通しよ」
 ハロウィンは満足げに笑った。
「しかし、ずいぶん力が戻ったのだな」
 神父はハロウィンの楽しそうな姿を微笑ましく思いながら言った。
「えぇ、きっと貴方たちのおかげでたくさんの人が"ハロウィン"を思い出したんだわ。そのおかげでワタクシは動けるまでに力を取り戻した」
「まぁ、ちょっと前まではあったわけだからね。積極的に参加するまではいかなくとも、思い出すことはできるか」
 イーグルが言った。
「そう、覚えていてくれるだけでワタクシは存在できるの。パーティしてくれたら、ワタクシはもっとうれしいのだけれどね!」
「よぉし!じゃあ善は急げってことで、今年のハロウィンはオレたちもハロウィンパーティしようぜ!」
 アンジェロが嬉しそうにとびあがった。
「調子がいいわね。でも、楽しそうだわ」
 望もつられて笑った。

 はしゃぐアンジェロたちから一歩離れて見守るホークに、こっそりとハロウィンが近づいた。
「カラスさん、ごめんなさい。貴方にも貴方の仲間にも迷惑をかけたわ」
「あぁ、気にすんな。俺たちはこんなの慣れっこだしそれに……俺も少し楽しかったよ」
 ハロウィンは頬を赤らめ、しかしそれを悟られないように俯き、ホークの手を取る。
「また会いに来てもいいかしら」
「あぁ、もちろん。俺もあいつらも歓迎するぜ」
 ホークはわしゃわしゃとハロウィンの頭をなでた。ぐしゃぐしゃになるじゃないの!と頭を押さえるハロウィンの様子がおかしくてホークは笑う。その笑顔を名残惜しいと思いながら、ハロウィンはホークに背を向けた。
「じゃあ、そろそろお別れ。ワタクシたちの出番はまだなのよ。それまで静かに準備することにするわ」
「あぁ、オレたちのハロウィンパーティには絶対来いよ!待ってるからな」
 ハロウィンは縛られたジャックを抱えて池の中心まで飛んでいく。そして手を振りながらゆっくりと池の中に消えていった。水面に浮かんでいたリンゴも、とぷりと沈んで消えてしまった。


 そして日は流れて、10月31日の夜。相田家のリビングには望お手製の焼き菓子が並び、食欲をそそる香りが立ち込める。キッチンでは紅茶かコーヒーかで言い争う声が聞こえ、テーブルではつまみ食いをしたい狼男が魔女に叱られていた。
 みんなが思い思いに飾り付けた部屋の装飾をぼんやり眺めながら、ホークはコーヒーを啜っていた。もしかしたら来るかもしれないゲストが来るのを、わずかに期待しながら。
「くるかなぁ、ハロウィンちゃん」
 ペルソナがホークの思考を読んだかのように呟いた。
「さぁな。あいつもあいつで色んな場所のハロウィンを楽しむのに忙しいかもしれないぜ」
 そうかぁとペルソナは残念そうにうなだれた。

――ピンポーン。

 インターホンが鳴り響いた。自然と全員の表情が明るくなる。
「きっとハロウィンちゃんだ!」
 ペルソナが玄関に駆け出す。ホークもわずかな期待を胸に、早足で玄関へ向かった。後を追うように、全員がぞろぞろと玄関へ向かう。
 がちゃり、と扉を開け放つと、明るい声が響いた。
「トリックオアトリート!おかしください!」
 その声はハロウィンのものではない。視線を下げると、仮装した3人の子供たちが、カボチャ型のバケツを抱えて楽しそうに笑っている。
 扉の向こうの大人たちは肩すかしをくらってしばらく呆然としていたが、ただ1人ホークがふっと笑って身を屈め、子供たちに笑いかけた。
「ちょっと違うぞ。トリックオアトリートは『おかしください』じゃなくて、『おかしをくれなきゃいたずらするぞ』だ」
 あ!そうだった!とお互い笑いあう子供たちのカボチャバケツに、持っていたお菓子をそれぞれ入れてやる。先ほど適当につかんでポケットの中に忍ばせていたものだ。子供たちはありがとう!とうれしそうに告げると、ころころと転がるように駆けて去っていった。
「なにぼさっとしてんだよ、もっとガキども来るかもしれないぜ?」
 ホークの声で、全員が我に返った。
「そうね、配る用のお菓子も用意しておかなきゃ」
 望はパタパタとリビングへ向かう。
「オレたちの分がなくなるのはやだぞー!」
「わかってるわよ!」
 全員がぞろぞろとリビングへ戻る。1人イーグルがホークの傍らに残った。
「僕たち以外のところでも"ハロウィン"が復活してるなんて驚きだね」
 あぁ、とホークはさっきまで子供たちがいた玄関の扉を見つめていた。
「あの女、しばらく生き残りそうだよ」
 残念だなぁ、とイーグルは肩をすくめてリビングへ戻っていく。
 ホークはポケットからお菓子を一つ取り出した。それはカボチャの形のクッキーだ。憎たらしく笑うそのクッキーを眺めていると、自然に笑みがこぼれる。ホークのその笑みはかつてなく優しいものだった。
(――よかったな、ハロウィン)



~Fin~

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