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 ジャックの猛攻には隙が無く、アンジェロたちは防戦一方だった。アンジェロとイーグルはジャック本体やゼリーカップを狙い、神父やペルソナも脱出を試みるも、お菓子オバケたちに邪魔されうまくいかない。アンジェロの額を汗が伝う。戦況が動かぬまま、刻一刻と時間が過ぎていった。

「なぁハロウィン。俺はもうこんな一方的な試合飽きちまったよ」
 ホークがハロウィンの傍らに腰掛け囁いた。
「あらそう?」
 ハロウィンは指示を出し続けるのに疲れたのか飽きたのか、少し退屈そうにため息を吐いていた。ホークはいっそう距離を縮める。
「こんな泥仕合見るぐらいなら、菓子でも食ってた方がまだマシだ」
「それは確かに言えてるわ」
 菓子という言葉に反応したハロウィンが、ホークにズイと顔を近づけた。
「俺が今菓子を食いたいって言ったら、一緒に抜け出してくれるか?」
「もちろん!あ、でも」
 ほんのり頬を赤くして瞳を輝かせたが、その表情は早々に曇った。
「あいつらのことはもう気にならないの?」
「どうでもいいさ。この試合を見て、あまりにも弱すぎて失望した。俺は強い奴が好きなんだ」
 肩を竦めてため息を吐いてみせた。まるで興味ないという風に視線を逸らす。その様子を見て、ハロウィンは心底嬉しそうに瞳を輝かせ、ホークの胸に飛びついた。
「行きましょ!2人で抜け駆けしましょ!カラスさんは何のお菓子がお好みなの?」
「ガトーショコラかな」
 ホークが先に立ち上がり、紳士のように手を差し伸べる。ハロウィンは淑女扱いにご満悦だ。ホークの掌に優雅に自分の掌を乗せドレスのように裾をつまんで立ち上がる。
 嬉しそうに繋いだ手を振り回すハロウィンに気付かれないよう、一瞬だけホークはコロッセオで戦う仲間たちを振り返った。
 本当はガトーショコラのしつこい甘さが少し苦手なのだ。2人はコロッセオの奥に消えていった。

「おや?ハロウィンさま?」
 ハロウィンの声が聞こえなくなったジャックが一瞬だけ観客席を振り返った。その一瞬、お菓子オバケたちの動きもほんの少しだけ止まった。アンジェロはその瞬間を逃さなかった。
「もらった!」
 アンジェロは即座にジャックの両手に狙いを定め引き金を引いた。
「あらっ」
 銃弾は見事、ジャックの両手を打ち抜いた。ジャックの手首から先はかき消えて、血ではなく黒い霧のようなものが溢れだした。
 指示を失ったお菓子オバケたちは突然困った顔で慌てだした。ピィピィと鳴きながら、どうしたらいいかわからない様子で右往左往している。
「イーグル!」
「はいはーい」
 アンジェロの指示からほぼ直後、ズバッ!と快音を響かせ、イーグルがゼリーカップを斬り裂いた。中身のゼリーと共に、望が咳き込みながら流れ出してきた。
「もっちー!よかった」
 ペルソナが声を震わせた。
「あんたものんびりしてる場合じゃないよ!」
 イーグルは身を翻し、胸元から取り出した拳銃(これはアンジェロのような対悪霊武器ではない、火薬を込める本物の拳銃である)でペルソナの足下を数発打ち抜いた。固くなったキャンディオバケは割れて壊れかき消えた。ペルソナはすぐに望に駆け寄り抱き上げた。
「ごめんね、もう離さないから」
 ペルソナは泣きそうな声で望に囁くと、望を抱えて観客席まで飛び上がり、子供たちの間に紛れ込んだ。子供の姿に変身したのか、その姿はあっという間に隠れてしまった。
「あらあらあら・・・・・・」
 ジャックは全く抵抗する手がないらしく、オロオロと傾いていく戦況を眺めていた。
 そんなジャックを尻目に、イーグルが神父たちを拘束するグミを切り裂いた。
「ベル、マシュマロなら焼いて食ってしまおうじゃないか」
「ーーはい!」
 神父はベルに、マシュマロオバケがまとわりついた背中を向ける。ベルは大きく息を吸うと、マシュマロオバケめがけて一気に炎を吹きかけた。するとマシュマロオバケはピィピィ鳴きながら膨らんだあと、ぱちんと破裂して消えてしまった。
「ベルちゃんアタシもアタシも!」
 ベルはすぐさま、大量のマシュマロオバケにまとわりつかれているクイーンにも炎を吹きかけた。炎の加減は調節したものの、若干髪が焦げてしまったようだが、クイーンはやっと解放されぐっと伸びをした。
「もー!ムカ着火ファイアーー!!」
 自由になったクイーンが大きな瞳でマシュマロオバケたちを睨みつけ、足を開き思い切り弓を引き絞る。その瞳に恐れをなしたオバケたちは鳴きながら逃げまどうが、クイーンの炎の矢の敵ではなかった。炎を点した矢は放たれた瞬間に十数に分散、マシュマロお化けたちを追尾する。ベルガモットの身体にまとわりついたマシュマロオバケもかすめて焼き払う。マシュマロオバケは悲鳴虚しく次々に射抜かれはじけて消えていった。そしてついに禁忌の書を持って逃げていたオバケを撃ち抜いた。落下するそれを颯爽とキャッチして、神父が笑った。
「形勢逆転だ」
 禁忌の書が光り、神父はジャックに指先を向けて術を唱えた。突如ジャックの足下が光りだす。驚いて足下を見ようとするも時既に遅し、ジャックの身体は足下の魔法陣から伸びる光の鎖に絡め取られた。
「お前の正体がつかめない以上効くかはわからねぇが……試しても悪くねぇよな!」
 身動きのとれないジャックに向かって、アンジェロが助走をつける。両手に金色の光が集いバチバチと音を立てる。大きな翼で飛び上がると同時に両手を合わせると、両手の光は一つになって、巨大な稲光になった。
「ジャッジメントォオオオオ!」
 目にも留まらぬ速さでジャックの上に飛び上がり、思い切り両手を振り降ろした――。
「お、お待ちください!」
 自分に向かって振り降ろされる稲光の恐怖に声を震わせながら、ジャックが叫んだ。
「どうかお話を聞いてください!ハロウィンさまにも事情があるのです。どうか、どうかお慈悲をーー」

 ――バシャッ。
 顔にかけられたものの熱さにホークは思わず両手を覆って呻いた。目元を乱雑に拭うと、涙目でカップを握りしめるハロウィンの姿が見えた。
「ひどいわ!騙したのね!」
 ハロウィンはカップを投げ捨てんばかりの勢いで腕を振り回した。鼻にアッサムの香りが香る。
 ほんの少しの油断だった。案の定苦手な甘い物のオンパレードをお見舞いされ、ホークが食べるスピードは当然遅かった。紅茶ばかりが減っていくのを不審に思ったハロウィンがこっそり紅茶にジャムを仕込む。ホークは一口含み、ほんの一瞬だったが嫌悪感に顔を歪めた。その一瞬の隙が、ハロウィンがホークの顔面に紅茶をぶちまけるに至った原因である。
(やっぱり兄貴みたいにいかねぇな……)
 いつもこうだ、とホークは溜め息を吐いた。一瞬の油断を咎められて女性と仲違いすることは彼の経験上少なくなかった。
「じゃあアイツらのことが嫌いになったのも嘘ね、帰りたいと思ってるのね!」
「……あぁ」
 最早自棄になって素直に答えた。兄なら華麗にかわしただろうなと、自分に無い思考回路を持つ兄を羨みながら。
 ホークの返答に、ハロウィンは目に涙を溜め、流すまいと歯を食いしばっている。
「……お前が何故俺をここに連れてきたのか、それがわかれば考えてやらんこともない」
 真っ赤なその顔に罪悪感を覚え、ホークの口調は自然と柔らかくなっていた。
「何故?」
 ハロウィンは涙を拭き、少し驚いた様子でホークを見た。まるで「理由なんて求めるの?」とでも言いたげだ。表情の通りあまり明確な理由は無いようで、少しの間考えていた。
「惹かれたからよ」
 ハロウィンがようやく纏まったという風に口を開いた。
「昨日の夜、いつものようにハロウィンの準備をしていたら、貴方の姿を見かけたわ。よくわからないけど、すごく貴方に惹かれた。もっと顔を見たいと思ったの、それだけよ」
 今度はホークがキョトンとする番だった。自分の計画の邪魔をされたくないとか、仲間の奴らを攪乱させてやろうとか、悪意あっての捕縛と思ったがどうやらそうではないらしい。
「なんだ、俺に惚れてるってことか?それは」
 笑いながらからかってやると、ハロウィンはすぐに頬を染め、目を反らした。
「違うわ!それは貴方が自意識過剰なだけ!たぶん貴方が"ハロウィン"の力との相性がいいってだけよ。そうに決まってるわ」
 何とか威厳を保とうとしている様がおかしい。ホークは思わず吹き出した。それにまた怒りだしている様子を見ると、悪い奴ではないということは理解できた。
「帰らない訳じゃないが、気が変わった。もう少しお前に付き合ってもいいぞ」
「なによ、偉そうに」
 ハロウィンは完全にホークに背を向けてしまった。
「……ダンスがしたいわ」
 暫くの沈黙のあと肩越しにカボチャ色の瞳を覗かせて、小さな声でハロウィンが言った。
「しかたねーな」
 ハロウィンに歩み寄り、身を低くし手を差し出す。淑女をダンスに誘う時のその仕草である。ハロウィンは少しためらったが、ホークの笑顔を見て、安堵したのか微笑み返した。そして手を取り食卓を離れ、紫とオレンジが奇妙な模様を描く怪しい床のダンスホールへ向かう。その中心で、お互いの手と腰を取り合った。
「あなた踊れるの?カラスのくせに」
 ハロウィンは先刻コロッセオで見せたようないたずらな笑みをホークに向ける。
「伊達に女の相手してねぇよ。お前こそ、足踏むなよ」
「隙を見ておもいっきり踏んでやるわ」
 ダンスホールには二人の靴の音と、オバケたちが空気を読んで始めた悪趣味な音楽の演奏が流れていた。


「ハロウィンさまは訳あって、このような所業をなさるのです」
 光の鎖に拘束されたままだったが、ジャックは語りだした。
「ちょっとその前にさ、あんたたちは一体何者なのさ?悪霊じゃないんでしょ」
 イーグルが遮って切り出す。
「……少なくともあのハロウィンとかいう女は、悪霊じゃない」
 答えを返したのはアンジェロだった。
「たぶんあの女は、"ハロウィン”っていう概念の具現化だ。――そうだろ?」
 ジャックはすんなりと首を縦に振った。
「え、それってつまりどういうこと?」
 クイーンが首を捻った。
「概念の具現化ってことはつまり――私たちが考える"ハロウィン”のイメージがあの姿ってこと?」
「そういうことでございます」
 望の言葉にジャックはまたも頷く。
「……もう驚かないわ。私も相当場慣れしてきてるわね」
 科学的なものよりも非科学的なものに多く接している現状に、望は深い溜め息を吐いた。クイーンはまだ目を点にしたままだが。
「何が起こるかわからないのが世界だからな!」
 望の様子を見て何故か自慢げにアンジェロが言った。なんだかイラッとして、望は横目でねめつける。
「だから力の波動とか、強さが悪霊と違ったんだね」
 ペルソナが腑に落ちたという様子で言った。
「お察しの通り、彼女は人間による"ハロウィン"の概念があってこその存在なのでございます。そう、人間の概念あってこそ……我々が力を持っていた頃の"ハロウィン"というのはもっと活気あるものでした。"ハロウィン"の一夜だけではなく、夏が終われば暫くの間街が"ハロウィン"に染まったもの。我々にとってはそれが存在する活力だったのです――」
 ところが数年前からハロウィンの力が弱まっていった。それは明らかに、行き過ぎた科学至上主義が人々の間に広まり、同時に"ハロウィン”なんてバカバカしいとの風潮が広まっていったからだ。人々から"ハロウィン"が忘れ去られていき、年々弱体化していく自分の力にハロウィンは恐怖を抱いていた。いつか自分は、"ハロウィン"は忘れ去られて、自分存在も誰にも知られず消えてしまうのではないか――そんな不安にかられたハロウィンは遂に行動を起こした。"ハロウィン"が行われないなら、自分が起こしてしまえばいい。"ハロウィン”を知る人が増えさえすれば、自分は生き長らえることができる……そう考えたハロウィンは"ハロウィン"の主役であり、先が長く未来がある子供たちを誘拐し、強引に"ハロウィン"を行おうとしたのだった。
「でもさぁ」クイーンが焦げた髪をいじりながらぼやいた。
「あんな操るみたいなマネして、ここで"ハロウィン"を体験しても子供たち忘れちゃうんじゃないの?」
「最盛期のハロウィンさまのお力ならもっと手段があったのですが、今のお力ではこのような手荒なことしか」
「あれで弱体化しているというのか……」
 神父は信じられないといった風に呟いた。
「で、お涙頂戴しようってわけ?至極どうでもいいんだけど。それとホークは関係無いでしょ」
 イーグルはあからさまに不機嫌な様子だ。全く同情する素振りも見せない。
「カラスさまに関してはおそらく……ハロウィンさまと力の波動が似ているのです。故にハロウィンさまは自分と同じ力に酔っているのかと」
「つまりアイツには"ハロウィン"がお似合いってこと?ウケるー」
 クイーンが笑う。またも望は笑うことは無いと思ったが、甘いものが苦手で、こういった不気味な雰囲気とは全く縁の無さそうなホークと"ハロウィン"がお似合いなのはなんだか不思議だった。
「ハロウィンさまはお寂しいのです。もしかしたら消えてしまうかもしれないという時に一人でいるのは、なんとも心細いものではありませんか」
「確かにそれは、とても寂しい気持ちになると思いますわ」
 ベルガモットがしんみりした様子で言った。
「でも、アンタがいるじゃない」
 一貫して全く同情を見せないイーグルがすかさず切り込んだ。
「私は、ただの召使いでございますから。というより、召使いとしか思っておられないのだと思います。私もかつて、彼女に捕らわれた身でしかありませんし」
 えっ、と全員が声をあげると、ジャックは語り出す。
「私は数年前――いや実はもっと昔なのかもわかりませんが、行く宛もなくさまよっていたところハロウィンさまと偶然出会いました。そしてこのカボチャ頭と、ハロウィンさまのお力の幾らかを頂いたのです」
「逃げだそうと思わなかったわけ?」
「このカボチャを頂いてからは、さっぱりそんな気も起きなくなってしまいました。これもおそらくハロウィンさまの魔法のお力かと」
 イーグルの問いに、相変わらず淡々とジャックは応える。
「――つまりうちのホークちゃんもカボチャ頭にされちゃう可能性があるってわけ」
 イーグルが低い声で呟いた。
「ハロウィンさまはおそらく、絶対にカラスさまを離さないでしょう。そしてハロウィンを何としてでも成功させ力を蓄え、そしてカラスさまと共に再び来年までお眠りになるおつもりです。お連れさまをお助けしたいならば、急いだ方がよろしいかと。どうか私の二の舞にはなりませんように――」


 時々叫び声のような音を立てるヴァイオリンや、不協和音しか聞こえないピアノの演奏を聴きながら、ホークとハロウィンは優雅にステップを踏んでいた。
「こんな楽しい気分になったのは久しぶりだわ」
 ハロウィンが無邪気に笑う。
「今まで踊る相手もいなかったし、もうすぐ消えてしまうことばかりが恐ろしくて、不安で寂しかったの」
 素直に本音を吐露するハロウィンの様子に、ホークも自然と笑みがこぼれる。なんのことはない、普通の少女じゃないか。その力の強さは異常だが。
「ジャックってのがいるじゃないか。あいつは相手してくれないのか?」
 ジャックの名前を出すと、ハロウィンは俯き頬を膨らませた。
「アイツは召使いだから。ワタクシの世話以外は何もしようとしてくれないのよ。きっと遊びを知らないんだわ。ワタクシのサポートとしての技術はとても優秀よ。信頼もしてる。でも何もしてくれなくてツマラナイの」
 語るハロウィンの瞳が、ホークには少し寂しげに見えた。
「アイツは何者なんだ?」
「それは詮索?」
 ハロウィンが再び頬を膨らませる。
「ただの興味だ」
 素直に返してみせるとハロウィンは安心した様子で口をひらいた。
「彼に出会ったのはワタクシが生まれてほどない頃。ワタクシはその存在意義の通り、"ハロウィン"に現れては楽しんでいた。そんな時、華やかな街の様子に紛れきれていない、真っ黒で霧みたいな妙なものがさまよっていたのを見つけたの。それが彼だった。まるで落とし物をしたみたいに手を前に突き出してフラフラ歩いていたからよく見たら、なんと頭が無かったのよ!その時、なんて不気味でオモシロイのかしらって思ったの!」
 そこで瞳を輝かせるのはどうかと思ったが、ホークは黙って頷いていた。
「だからワタクシはカボチャの頭をあげたの。頭がないのは不便でしょう?そしてワタクシの召使いとして連れてきたというわけ。でも、思った以上にアイツはツマラナイ男だったわ。だってなんにも語ってくれないんですもの。確かにカボチャの魔法でワタクシから逃げられないようにはしているけれど、彼が何者なのかとか、何をしていたのとか、そういうのはワタクシでもサッパリよ」
 ほんとツマラナイとハロウィンは嘆いた。
(黒い霧のような……)
 一方ホークはその言葉に引っかかりを覚えていた。
(もしかしてアイツは、悪霊なのか――?)
 そんな疑惑がホークの頭を巡る。しかしジャックがコロッセオで使っていた力が悪霊のそれとは異なることはホークも気がついていた。
「アイツのあの力はそもそも持っていたものなのか?」
「いえ。ワタクシの力を分け与えているの。ワタクシの"仮装”にはワタクシの力を分け与える効果があるのよ」
 彼女曰く、ジャックの執事服やホークの礼服は、"仮装”というハロウィンの能力の一つである。対象を仮装させることによって、彼女は自分の力を仮装した者に分け与えることができるという。誰にどの程度力を分け与えるかは彼女のさじ加減であるが。
(分け与えられるほど、力を持ってるってことだろうな……)
 ホークは信じられないという目で、傍らではしゃぐ少女を見下ろした。先刻コロッセオで目の当たりにしたジャックの力も十分に強力だと感じていたが、あれは彼女の一部に過ぎないのである。そう考えると、ふと胸が騒いだ。
「貴方にも一応、あれぐらいの力は与えてるのよ?もっとも貴方は元から何か力を持っているようだから使う気がないみたいだけど」
「そんなに?ただでさえ力が弱まってるのに、俺にそんなに力を分けてくれたのか?」
「大した量じゃないけど」
 そっぽを向いたハロウィンの頬は紅い。
「……でも、貴方が仲間のところに帰るときには返してもらうわよ」
 その口調は寂しげだった。
「ああ、ちゃんと返すよ」
 ホークもこの少女との別れを少し寂しいと思い始めていた。
 その時、ダンスホールに突如黒い霧の渦が立ち上がる。お化けたちは驚いて演奏を中断、どこかへ飛び去ってしまった。渦が晴れた瞬間現れたのは、ひざまづくカボチャ頭の男。
「ご報告です、ハロウィンさま」
 焦りが滲み出るその口調に、二人とも胸騒ぎを覚えた。
「どうしたのよジャック。その両手は!?」
「迂闊にも天使どもにやられまして……それより」
 ジャックはカボチャ頭の空っぽの瞳でまっすぐハロウィンを見つめる。
「先ほどの天使どもがこの街を破壊しようとしています!」
「なんですって!」
 声は上げずとも、ハロウィンと同じくホークも驚愕していた。
「子供たちやカラスさまを解放しなければこの街を破壊すると、そう申しておりました」
 おかしい、ホークは直感していた。確かにそんなことを考えそうな者は約一名いるが、彼らが今そんな行動をとるだろうかーー。少なくともアンジェロはハロウィンの持つ力の大きさに気がついているはずだ。彼女の神経を逆なでするような手段を今選ぶだろうか。
「待ってくれハロウィン!きっと誤解だ、アイツらはそんな奴らじゃーーぐああ!」
 ハロウィンの肩に手を置いた瞬間、首筋に激痛が走る。ホークはダンスホールに膝から倒れ込んだ。
「どうやら貴方の仲間、相当お行儀が悪いみたいね」
 その瞳と声は先ほどまでの年頃の少女のようそれとは違った。鋭く尖り、怒りに燃えている。地を這うようなその声は、彼女の正体が明らかに人間ではないことを感じさせる。
「気が変わったわ。ワタクシの"ハロウィン”を壊す者は許さない、絶対に!」
「待て、ハロウィン!」
 ホークの伸ばした手は空を掴むだけだった。ハロウィンはダンスホールの巨大な窓を破り、あっと言う間に飛び去って行ってしまった。首元の痺れがまだ残っていた、ビリビリと尾を引く痛みに、ホークはそのまま気を失った。


「とりあえず、ハロウィンの本体を探そう」
 ジャックを解放し、コロッセオから一度退いたアンジェロたちは、街のおかしな建物に隠れて作戦会議を行っていた。
「それから一応交渉する。それでダメなら……」
「強行手段だね」
 イーグルが一刻も早くそうしたいというように口を挟む。
「またお前は好戦的だな。相手は女性だぞ」
「あのねー、アンタ捕らわれてるのがベルちゃんだとしても同じこと言える?」
 神父はうっと言葉を詰まらせた。ほれみろ、といわんばかりのイーグルと、遠くでひっそり口元を押さえて頬を紅らめるベルガモット。
「それに女の形をしてるってだけでしょあれは。正体はデカい力を持った化け物には違いないんだから」
「でも姿が女性なら女性だよっ!」
「頭の中お花畑くんは黙ってなよ」
 なにをー!とペルソナがくってかかる。
「もう!あなたたちうるさいわよ!」
 業を煮やした望が怒鳴ると、いい大人たちはスッと大人しくなった。
「しかし、ハロウィンさんはどうしたらホークさんを手放してくれるかしら」
 ベルガモットがぽつりと言った。
「寂しい、という理由でホークさんを離したくないのなら、その寂しさを埋めてあげなければホークさんを返してくださるとは思えません」
「ぬいぐるみでもあげるとか?」
「それで満足したら世話ないよ」
 クイーンの提案にすかさずイーグルが茶々を入れた。
「ハロウィンの時期が来るまでは眠ってるわけでしょ?それならハロウィンの時期になったらホーク貸してあげるとかさ!」
 クイーンがケラケラ笑いながら言った。
「そんな、物じゃないのよ……」
 言いかけてふと、望は閃く。
「彼女はきっと、目覚めたときに"ハロウィン"がなくなる、知らないうちに自分が消えてしまうのが怖いのよね?だから自分のことを知っているホークのことをそばに置いておきたい――。それなら、"消える心配が無くなれば"寂しくなくなるんじゃないかしら」
「そうか、毎年誰かに会えると思えるようになれば、たしかに寂しくないかもね!」
 さすがもっちー!とペルソナが声を弾ませた。
「それにはつまり……どうすれば」
 神父の問いに皆しばらく考えていたものの、沈黙を破ったのはやはり望だった。
「やっぱりハロウィンの認知度をあげることなんじゃないかしら。彼女の不安を取り除くには、ハロウィンを少しでも多くの人が知るように広めることが一番に思えるわ」
「でもそれってずいぶん時間のかかる作戦だよねぇ?」
 イーグルは明らかに気乗りしない様子である。
「達成するまでにホークとハロウィン一緒に眠っちゃうんじゃない?」
 そうよね……と望が唸ると、再び全員が考えあぐねる。
「……でも、認知度をあげるためにハロウィンパーティするのは悪くないよな!」
 ひとりアンジェロが黄金の瞳をいっそう輝かせて言った。
「リーダーは暢気でいいよねぇ」
 イーグルがやれやれと呟いた。暢気ではあるが、その無邪気さは全員をほんの少しだけ和ませた。
 
 それから数秒も立たず、ガラスが粉々に砕ける音で全員の神経が一気に張りつめる。
「なんだ!?」
 アンジェロがすぐさま建物の出入り口に張り付き、煉瓦造りの大通りを覗く。銃を構えて見渡した次の瞬間、上空から紫色の炎が降ってきた。
「くそっ!」
 やむ終えず大通りに飛び出してかわすことになってしまった。
「ふふ、そんなところに隠れていたのね」
 アンジェロを見下ろし、翼もなく街の上空に浮かぶ彼女は口角をつり上げた。
「あなたたちに私の"ハロウィン”は邪魔させない、絶対に!」
 ハロウィンがカボチャ色の瞳を光らせ、両手を掲げた瞬間、紫の炎を灯したいくつもの鋭利な蝋燭が彼女の周りを囲い、お菓子のお化けたちがどこからともなく現れけたたましく笑う。
「こいつは既に交渉決裂かな?」
 イーグルがアンジェロの傍らにやってきて身構える。
「――これしかないのか?」
 神父は躊躇いながら禁忌の書を開いた。
 アンジェロが大きな瞳で彼女を睨むと、彼女もカボチャの瞳で睨み返す。コロッセオで笑っていた時の彼女とは様子が違うことは誰の目にも明らかだった。
「……いや、どうにかしてみせる。絶対に!」
 策は無い。それでもアンジェロの言葉を信じる天使たちは、頭上の強大な敵を睨みつけた。

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