じ~たいさくほんぶ。
秋も半ば、布団を押しはがすのも億劫になる季節のとある休日。相田家のダイニングはいつものように、天使たちが大きなテーブルを囲んで賑やかだ。そんな中、眠たげに眼を擦りながら朝食にやってきたホークの一声が、今回の事件のはじまりだ。
「子供の行列を見た?」
「あぁ」ホークは望の作ったオムレツを大雑把に切り、口に放り込んだ。「昨日の夜なかなか寝付けなくて、ちょっとバイクで走ってたんだ。そしたらガキの騒ぐ声みたいなのが聞こえてきたからよく見てみたら、ガキが何人も集まって列作って歩いてたんだ。それも仮装して、歌いながらだ」
「それってまるでハロウィンだね!」
ペルソナが声を弾ませる。
「ハロウィン?――あぁ」望が天使たちとは一息遅れて反応を示した。「そういえばそんな行事もあったわね」
「そういえばって、反応鈍いな」アンジェロがオムレツを頬張りながら言った。
「私たちにとっては昔の行事だもの」望がアンジェロの皿にオムレツのおかわりをよそう。「そもそもモチーフがオバケや怪物だから、科学が発展した今じゃくだらないって言われて、随分前から見なくなったわ」
「それじゃハロウィンって今はやらないのか!?お菓子はもらえないのか!?」アンジェロが身を乗り出して叫んだ。あたりまえじゃないと望が切り捨てると、心底残念そうにテーブルの上に突っ伏した。
「でも、今ハロウィンがないなら、昨晩ホークさんが見たのは何なのでしょうか?」
ベルガモットが首を捻った。深夜に子供なんて怪しいですよね、と付け加える。
「夢でも見てたんじゃないのぉ?」
心底どうでもいいという風にイーグルが間延びした声で言った。ホークは全く話題に興味を示さない兄をムッと睨む。
「場所はどこなんだ?もしかしたら、新たな悪霊という可能性もある」
「でかい池がある公園があるだろ、あそこだよ」
アールグレイ神父の質問に応え、再びホークはオムレツを放り込む。相田家からそう遠くないところにやや大きな公園がある。遊覧船が数隻浮かぶほど大きな池がシンボルで、近隣の人々の憩いの場である。
「あそこぉ?」クイーンが訝る。
「都会のど真ん中の公園だし、深夜でもあの公園でそんなことがあったんなら大騒ぎになるはずじゃん?」
やっぱ寝ぼけてたんじゃないの?とからかうクイーンの笑い声を、ホークは大きな溜息でかき消した。苛立ちを通り越して呆れている様子だ。目を伏せ腕組みする。
「――わかったよ、俺がまた今夜偵察に行ってくる。なにもなかったら俺は寝ボケてた。もう一回見かけたらアンジェロに報告して出動ってことで、文句ねぇだろ」
イーグルとクイーンの調子に既に疲れ切っているホークに、望は「気をつけてね」と声をかけた。おう、と普段通り返事を返す背中にどこか胸騒ぎを覚え、言わずには居られなかったのだ。
(――ったく、めんどくせぇ奴らだな)
舌打ちと同時に心の中で独りごちながら、バイクを止めヘルメットを外す。ライトを消して目立たないように周囲を見回した。昨晩と同じ丑三つ時である。既に風は冷たく、ホークは何度か身を擦って、申し訳程度の暖を取った。
草木のざわめきを聞き、吐く息の白さを眺めながら暫くぼんやりしていた。夜の闇は静かで、賑やかな相田家とはまた違う居心地の良さを感じていた。都会の中心にあると思えないほど夜の闇は深く明かりはない。風と呼吸を合わせれば、まるで夜に溶けてしまいそうだなぁと、らしくもなくしんみりしていた。
その時だった。朗らかな音楽が、遠くから微かに聞こえてきた。ホークは耳を澄まし神経を集中させる。するとその音程の定まらない音楽は、子供たちの歌声であることが分かった。徐々に声は近づき、まとまりのない子供たちの歌声はやがてはっきり聞こえるようになった。とても元気とは言えない沈んだ歌声と、時々聞こえる楽しげな笑い声が相まって酷く不気味だ。ホークは思わず生唾を呑んだ。
(こんなにハッキリ見えるもんが夢なわけあるか)
子供たちは途切れず規則正しく列を成して歩いていく。最高尾は見えないほど、子供たちは続々列に加わっているようだ。ホークは子供たちに気付かれないよう、植え込みに身を屈めて後をつける。何となく悪い予感がして、見つかってはいけない気がした。
子供たちはぞろぞろと公園の中を歩いていく。深夜には似つかわしくない笑い声を弾ませ、魔女や悪魔の仮装をしてランタンを揺らしている。
(どう見ても、ハロウィンって様子だが)
少し身を乗り出し、よく目を凝らす。子供たちは笑顔だが、その眼に光はない。その様子は明らかに、悪霊に取り憑かれた人間の様子と酷似していた。
やはりアンジェロに報告すべきだ、そう思って踵を返した、その時だ。
「アナタ、ステキな翼を持ってるのね?」
「!」
ホークは息を呑んだ。背後からけらけらと幼い子供が笑う声がする。
「さまよえる"カラス"さん、歓迎するわ」
--きゃははははは!
「くっ!」
振り返ると、そこには先程まで行列を作っていたはずの子供たちが、ホークの目の前にずらりと並んでいた。否、並んでいるのではなく囲んでいた。口角のおかしくつりあがった子供たちの不気味な笑顔、笑顔、笑顔-ー。音程の定まらない歌声や甲高い笑い声が1つの怪しいメロディになって、ホークの脳内に響き思考をかき乱した。思わず頭を抱えて呻く。その奇怪な旋律に導かれるように黄金の瞳からは光が消え、ホークの意識は溶けるように消えていった。
翌日の相田家は騒然としていた。
「ホークが戻っていない」早朝の神父の声で、天使たちはリビングに緊急召集された。
誰よりも早く起きた彼がベッドから出た時、ベッドの中にホークの姿が無いことに気がついた。不審に思って車庫へ駆け下り確認したが、いつもの場所にホークのバイクはなかった。何かあったに違いないと確信した一同は、日が落ちるのを待って、留守番をキャンディとカノンに託し、件の公園に向かった。
公園の入り口から少し離れた目立たない場所に、ホークのバイクが止められている。
「・・・・・・アイツ、ほんとにヘマったんだなァ」
持ち主のいない抜け殻のバイクに一瞥をくれて、誰にも聞こえないようにイーグルが呟いた。
「でもどうやって探すのー?」
クイーンが身体をさすりながら言った。寒くて仕方がないらしい。
とりあえず、と望が提案する。
「ホークが言ってた子供の行列を待ってみるのがいいんじゃないかしら。きっとそれが関係していると思うわ」
一同は寒さに身を震わせながら、なるべく気配を消し、公園内を探索して待つことにした。
アンジェロは大きな池の縁を歩いていた。夜の闇は深く、池の水と地面との境がつきにくい。うっかりすると落ちてしまいそうだな、と足下から池へと視線を移すと、視界にちらりと不自然なものが飛び込んできた。思わず二度見する。
「なんだ、あれ?」
両目を擦って改めて池の中央の物体を凝視する。さっきまで真っ黒だったはずの池の中心に、ボウッと赤く丸く光るものが浮かんでいる。しかし光の強さに反してその物体は小ぶりで、水面が風に揺れてはプカプカと揺られている。
「あれ、リンゴか・・・・・・?」
アンジェロの目測通り、それはリンゴの形をしていた。黒い水面に赤く光るリンゴは、かわいらしくもあったが明らかに不審だ。アンジェロはすぐに全員を集めた。
「どうしてリンゴが光ってるんだろう?」
ペルソナが首をひねる。
「てゆーか、そもそもなんでリンゴがあんなとこに?」
ていうか水のそば寒いんですけど!クイーンが未だ身体をふるわせ小刻みに飛び跳ねながら言った。
「あれはもしかして、ダック・アップルを意味しているのかな」
神父が呟いた。
「ダック・アップル?」
「ハロウィンの遊びの一つですわ。リンゴを水に浮かべて、口で掴み出せるか競うのですわ」
ベルガモットがすぐさま解説する。
「また"ハロウィン"なのね・・・・・・」
望は口元に手をあて呟いた。何の力がどう働いているのかは望の想像力は及ばなかったが、少なくともハロウィンが関係していることだけは明確だろうと思った。
「とりあえず、あのリンゴを取ってきてみよう」
アンジェロが湖の中心まで飛ぼうと天使の翼を現したその時。
「手、使っちゃいけないんだよ!」
突如一同の背後から、大勢の子供の声が一つになって響いた。驚いて振り返った時には既に遅く、強い衝撃と共に、全員の身体は池の中に付き落とされていた。
「うわあああ!」叫びも水のどぶん、という音に呑み込まれていく。
ーーきゃはははは・・・・・・
肌を包む冷たい感覚と、脳をくすぐる不気味な笑い声を聞きながら、望たちは深い深い暗闇へ沈んでいった。
「・・・・・・っちー、もっちー!」
次第にはっきりと聞こえてきたペルソナの声に望は瞼を押し上げた。ペルソナと仲間たちが、心配そうに望の顔を覗き込んでいた。よかった!と抱きついてきたペルソナを真っ赤になってひき剥がしながら、望は辺りを見回す。そして自分たちが今置かれているその空間の異質さに気づいた。
「妙な空間だろう、明らかにここは現実世界ではない」
神父が眉を顰める。それは望も同じだった。
その空間はまるで一つの街だった。たくさんの建物が乱立し、望たちはそれらの間に張り巡らされた白い煉瓦の道の上にいた。違和感の原因はそれらの建物だ。人が住むにしては形が歪みすぎている。建物の輪郭も窓も、決まった形をせず不規則に歪んでいる。ショッキングピンクやオレンジのペンキを無造作にぶちまけたようなカラフルな(とはいってもえげつない)色をしたものもあれば、色もなくくすんでまさに廃屋といったものもある。街路樹は全て枯れ木で、根本にはにたりと笑ったカボチャが佇んでいる。空間全体が薄暗く、頼りになるのはカボチャの中に灯っている明かりだけだった。
「まさにハロウィンタウンって感じだね」
ペルソナが警戒して言った。
「でもほんとのハロウィンはもっとかわいーよ!」クイーンが濡れた髪をうざったそうに梳きながら頬を膨らませた。「これは不気味すぎ!悪趣味すぎ!」
「そお?僕的にはこれぐらい悪趣味な方がそれっぽいと思うけど!」
イーグルが笑いながら、枯れ木の街路樹を蹴飛ばした。すると木に止まっていた蝙蝠たちが、バサバサと騒々しく一斉に飛び立った。望は思わずひっと小さく悲鳴をあげてしまった。
「池の中に落ちたと思ったらこんな異空間だったとはねぇ」イーグルが肩をすくめて笑う。「でも、ここならホークがいてもおかしくなさそうだね?」
「ああ」アンジェロが頷いた。
「悪霊が作った罠の空間ってセンもある。とりあえず、この街でホークを探そう」
「それなら、あの場所はいかがでしょう?きっとこの街を一望できますわ」
ベルガモットが指さしたのは、望たちが乗っている煉瓦の道のずっと先、曲がりくねった長い階段を上った先にある巨大な城のような建物だった。城のような、と表現するのはその建物もまた歪んでいるからである。原色まみれののその建物は、まるでカップケーキのようにも見えた。そしてその城はほかの建物とは異なり随分高い位置にあった。ベルガモットの言葉通り、街全体を見渡すことができそうだった。
「よし、とりあえずあれを目指すぞ。気づかれたら厄介だから、飛ぶのは禁止だ」
えーとイーグルが不満気な声をあげる。ダメなものはだめ、とペルソナが釘を刺した。一同は長い長い煉瓦の道をひたすら歩きはじめた。
道は階段へ真っ直ぐ続いていたが、道中も不気味なものばかり目に付いた。突然墓地が現れ人の声のような風が吹いたり、枯れ木に首を吊った骸骨が突然笑うなど、まるでお化け屋敷のようで、望は次第に身体が恐怖で強ばっていった。ペルソナがさりげなく近くに抱き寄せ「大丈夫」と囁く。その声の力強さと肩に添えられたペルソナの体温で少し安堵したものの、やはり怖いものは怖かった。
例に漏れず、城の入り口である大きな扉も歪んでいた。見た目では構造上絶対に開かないと思われた両開きの扉は、アンジェロが手をかけると驚くほどすんなりと開いた。
扉が開け放たれると、目に飛び込んできたのは、地面を土で固められた円形の広場だった。外とはうって変わって明るく、全員何度か目を瞬かせる羽目になった。
「これ城じゃなかったの?」
恐る恐る進みながらクイーンが首を傾げた。
「・・・・・・お城じゃないかも。でも、僕この場所見覚えがあるなぁ・・・・・・」
ペルソナがイヤな予感を隠しきれないといった風に呟いた。それはどうやらイーグルや望も同じらしい。
広場の中央へ向かえば向かうほど、望たちの確信は強くなっていった。広場は高い壁に囲われていて、その壁の上には階壇状の空間がある。まるで人が座って、広場で起こっていることをのぞき見るような作りだ。スポーツのスタジアムと言えなくもないが、どちらかと言うとこの雰囲気はーー。
「おい兄貴!みんな!」
全員が嫌な予感を感じはじめていたその時、頭上から聞き覚えのある声が響いた。それは間違いなく尋ね人の声だった。全員が顔を上げて探す。
「いたぞ!」
神父が指さしたのは入り口と正反対の位置にある観客席だった。手すりから身を乗り出し、こちらを見ているホークの姿があった。
しかし一同は一瞬目を疑った。ホークの服装に相当な違和感がある。深い青紫のベストに、ストライプのパンツ。チョーカーや金のブローチや黒革の手袋、レースなど、よく見ると装飾も豪華である。いわゆるゴシックな礼服スタイルは、明らかに彼の普段着とはかけ離れていた。
「ぶっはは!なにそれー!そういう趣味あったの!?」真っ先にイーグルが指さして笑った。
「根暗っぽい!オタっぽいー!」クイーンもかがみこんでおなかを押さえて目尻に涙をためている。
確かに普段彼が選ぶような服ではないが、そんなに笑うことはないんじゃないか、と望は複雑だった。寧ろ、少し様になっているのではとすら思っていた。
「俺の趣味じゃねえ!!」
ホークは全力で怒鳴り返していた。やはり彼としても恥ずかしいようで、少し顔が赤い。
「じゃあそんな趣味の悪いもん誰が着せるっての?」
イーグルがそう言い放ったとき、ホークがハッとして背後を見る。カツカツとヒールを鳴らし、観客席の奥、ホークの背後から颯爽と現れたのは一人の少女。
「ワタクシだけど、なにか文句でも?」
少女は不機嫌そうな顔で長い黒髪をかきあげた。望よりも小柄なその少女は、まるでホークと揃いのようなゴシック衣装に身を包んでいる。小さなシルクハットのヘアアクセサリーに、深い夜闇の色をした燕尾つきのベストにカボチャパンツ・・・・・・。少女はホークの腕に自分の腕を絡め、カボチャ色の瞳を光らせにんまりと笑う。
「ワタクシ大人は呼んでいないのだけれど、もしかしてお菓子をプレゼントしにきたのかしら?」
「お前がホークをさらった犯人だな?」アンジェロが少女をきっと睨みつけ、前に出る。
「お前が捕まえてるその男はオレたちの仲間なんだ。返してもらおうか」
「ダメよ」少女は笑ったまま突っぱねる。「ワタクシこのカラスさんお気に入りなんだもの。相棒になってもらうのよ!」少女はホークの両手を掴んで歌いながら踊ってみせた。ホークは気まずい表情のまま、少女のされるがままになっている。
「カラスゥ?うちの弟、そんなだっせぇ名前じゃないんだけど?」
イーグルの声には明らかに苛立っていた。しかし少女は笑ったまま、今度はホークの腰に抱きついて飛び跳ねる。
「それはワタクシには関係のないこと。ワタクシの相棒になった以上、過去は関係ないわ」
「お前は何なんだ、何のためにそんなことをする!?」
アンジェロが問いかけると、少女はホークから離れ居直った。そして先刻とうって変わり、鋭い目つきでアンジェロたちを睨み返す。
「ワタクシの名前は"ハロウィン”。理由は単純、"ハロウィン”のない世界なんてツマラナイからよ!」
少女ーーハロウィンが腕を振り上げると、誰もいなかった観客席に、突如子供たちが現れた。生気のない目にひきつった口角をたたえた子供たちは、笑いながら観客席に座り、コロッセオの中心で動揺しているグラディエーターたちを見つめている。キャンディを口の中で転がし、ポップコーンを頬張り、チョコレートで指先を汚しながら。
「お菓子をくれない大人には用はないわ。最上級のいたずらをお見舞いしてさしあげる。ジャーック!」
ハロウィンの呼びかけに呼応し、アンジェロたちの目の前に突如黒い渦が巻き起こる。そこからヌッと現れたのは、手足がまるで案山子のように長くーー頭に大きなカボチャを被った男。執事服のカボチャ男は、服に違わず上品な居住まいでアンジェロたちに頭を下げた。
「ジャック、ワタクシを楽しませて頂戴」
「お望みのままに」
ジャックはハロウィンに低い声で淡々と返事をすると、カボチャの奥に真っ赤な明かりを灯した。
「ふん、ずいぶんストレートでヒネリのない、ツマラナイ名前だね」
イーグルがジャックではなく、ハロウィンを睨みつけて言う。ハロウィンは露骨に不機嫌そうな顔をした。
「挑発するなイーグル、こいつはタダじゃすまないかも知れねぇ」アンジェロがジャックを見据え警戒したまま、全員に語りかけた。
「力の波動が悪霊のものとは違う、一筋縄じゃいかないかもしれねぇ」
リーダー緊張はにわかに全員に伝染した。戦う手段のない望は思わず息を呑み、自分の掌をかたく握り締めていた。
「くそっ!」
一方ホークは手すりから飛び降り、アンジェロたちの元へ向かおうとしていたーーしかし
「ぐあっ!」カボチャのチョーカーに沿って、電流のような激痛が走った。屈み込んで咳き込む。呼吸を整える最中視線を感じて見上げると、ハロウィンが瞳を光らせ意地悪く笑っているのが見えた。
「さぁ、素敵なトリックショーのはじまりよ!」
ハロウィンの声で、子供たちが甲高い歓声をあげた。その目に光はない。
(なんて不気味なの・・・・・・!)
望は足がすくんで動けなかった。
「ペルソナ、お前は望を抱えて逃げ回ってくれ!」
「了解!」
ペルソナが得意の俊足を見せ、立ち尽くす望を抱え上げた。
「残りの奴らはジャックを全力で狙え、手の内がわからないから油断するな!」
「待ってました!」イーグルが不適に笑い、着物の裾を刃へ変化させる。ほぼ同時に全員が各々の武器を構えた。
「お見受けしたところ、戦うのは初めてでは無いようですね?」
武器を構える天使たちとは対照的に、ジャックは穏やかに言った。
「それでは手加減せずに参りましょう」
ジャックが手を翳すと、ジャックの周りに先刻ジャックが現れた時と同じ黒い渦が現れた。そして
「ウキキキキキーーーー!」
けたたましく笑いながら、小さなお化けたちが次々と飛び出してきた。スタンダードな白いオバケやら、ドロドロに溶けたようなものまで、その姿は多種多様。共通点と言えば、それらはすべてお菓子の形をしているということだ。
「みんな散れっ!」
アンジェロの合図で一斉に全員が散り散りになった。しかしお菓子オバケたちの動きは早く、数は圧倒的に多かった。
「いやーっ!ちょっと!」最初に餌食になったのはクイーンだった。「弓引けないじゃん!離れてよ~ッ!」
クイーンの身体に、沢山の白いオバケがまとわりついている。ふわふわのそのオバケはクイーンの身体に次々ぴたりとくっつくと、お互いにくっついて決して離れようとしない。クイーンがひき剥がそうとすると、ネバネバしていてすぐひき剥がせそうもない。その粘り気はまさにマシュマロだ。
「服べたべたになるじゃん!絶対許さないんだからー!」
一方神父とベルガモットはその素早いマシュマロオバケの追尾を振り切ろうと必死に飛び回っていた。しかし移動速度は明らかに早く、振り切れそうもない。神父は舌打ちした。そして作戦変更に踏み切る。
「ベル、壁まで全速力で飛べ!」
「はい!」
一瞬ののち、作戦を理解したベルガモットは返答した。2人は正面に見えるコロッセオの壁めがけて速度を上げる。追尾するマシュマロオバケも速度を上げたことを確認すると神父はにやりと笑った。このまま壁へ激突する勢いで飛び、寸前で壁を回避し、マシュマロオバケをすべて壁にぶつけてしまう算段だ。
間もなく作戦完了と思われたその時、突然地面から複数の太い棒が伸びてきて2人の進行を遮った。
「何ッ!?ーーぐああ!」
「キャァア!」
ブレーキが間に合うはずもなく、2人はその棒に激突し、背後からマシュマロオバケの猛攻を受けた。その際オバケの一匹が禁忌の書を奪い取る。その上2人がぶつかったものはどうやら棒ではなかった。
「くそっ、これは・・・・・・グミか!?」
「う、動けませんわ」
柔らかい紐状のそれは次々地面から現れ、あっと言う間に2人を絡め取り拘束してしまった。
例に漏れず、望を抱えたペルソナもマシュマロオバケに追われていた。しかし能力の俊足は伊達ではなく、順調に逃げ回っている。
「ペルソナ、ベルたちが捕まったわ!」
抱えられた望は少しでも役に立とうと、仲間たちの様子を観察していた。
「グミか・・・・・・ナイフで切れるといいけど!」
ペルソナは身体の周囲に環状にナイフを出現させた。そして急に神父たちの方へ方向転換し、マシュマロオバケたちを置き去りにする。
「あの早いのが邪魔よジャックーっ!」
ハロウィンが観客席から拳を振り上げ叫ぶ。まるで本当にスポーツを観戦しているような熱狂ぶりだった。しかしホークは知っていた。このハロウィンの歓声こそがジャックへの指示なのだ。
ハロウィンの歓声を受けたジャックは、すぐにペルソナへ新たなオバケを差し向ける。
「あともう少しよ!」
ペルソナが全力疾走で神父たちの元へ向かっていたその時、まるで足首を捕まれたかのように足が動かなくなり、その拍子に望を放り出してしまった。
「きゃぁあ!」放り出された望は痛みに呻いた。
「しまった!」
駆け出そうにも足が動かない。足下を見ると、オレンジ色の半透明な液体がが、ペルソナの足にまとわりついている。足を持ち上げようにも、粘性が強いその液体はペルソナの足を離さない。時間が経つにつれ、液体はどんどん固まっていく。
「キャンディトラップ大成功ね!」
ハロウィンはお腹を抱えて大笑いする。そして未だ地面にへたりこんだままの望に目を光らせた。
「どうやらあの子、何にもチカラがない上に相当大事みたいね?」
ホークはそのハロウィンの笑顔に背筋が凍り、思わず叫んでいた。
「望、気をつけろ!!」
望は痛む身体を無理矢理に奮い立たせ、ジャックの視界から外れようと駆け出した。
「その考え、お菓子より甘いわ!ジャーック、彼女を捕まえて!」
望の努力も虚しく、ジャックは真っ先に望へと狙いを定めた。そして逃げ回る望の頭上を指さすと、一気に振り降ろした。
駆け回る望は、自分の周りが次第に暗くなっていくことに気がつく、つい立ち止まって、上を見上げてしまったーー。
「きゃ・・・・・・!」
望の悲鳴が、ズズンと地鳴りのような音でかき消された。土煙が上がり、アンジェロは思わず目を覆った。土煙が晴れ、現れたのは大きなゼリーの中に閉じ込められた望の姿だった。
「望!!」
アンジェロの叫びは虚しく、望には届かない。先刻の音は、巨大なプラスチックのゼリーカップが望の真上に降ってきた音だったのだ。中身はドギツいピンク色のゼリーで満たされていて、望はその中に埋まってしまっていた。
(い、息ができない・・・・・・)
望は必死にもがくも、ゼリーの密度が高く身動きがとれない。
「これでもっとおもしろくなったわ!」
ハロウィンが嬉しそうに声を弾ませた。
「早くしないとその人間、死んじゃうわよ?」
ハロウィンの高笑いと、子供たちの無邪気な笑い声がコロッセオ中に響いた。笑い声とゼリーカップの中の人質の姿がアンジェロたちを焦らせる。唯一身動きがとれるアンジェロとイーグルも、ジャックの執拗な猛攻から逃れられずにいた。
「くっそぉお!」
アンジェロは追い詰められた思考の中で、ただひたすら次の策を考えるしか無かった――。